第198話 セス、しくじる


 テオの後ろからトラブルがセスに向けて、あっかんべーと、舌を出す。


「こいつ!」


 セスの視線でテオは振り向くが、トラブルは澄ました表情に戻っていた。


 テオはセスに向き直る。


「セス、トラブルに、もう絶対に触らないで下さい」

「いや、だから、誤解だって」


 トラブルは両手を顔の横で広げ、やーいと、口パクで言う。


 テオが振り返ると、ん?と、澄ましている。


 テオは再びセスに向き直る。


「セス、約束して下さい」

「だからっ」


 トラブルは自分の鼻を押して、ぶーと、ブタ鼻をセスにして見せる。


 テオが振り返る瞬間、また澄ましてみせた。


 ノエルとゼノは、そのやり取りをすべて見ていた。


「そのくだり、いつまで続くの?」


 ノエルが失笑して言う。


「トラブルも、いいかげんテオをからかうのを止めて下さいよ」


 ゼノがトラブルに呆れて言った。


「え? 僕をからかう?」


 テオがトラブルを振り返ると、トラブルは、あっかんべーと、していた。


「ええ⁈ 2人の芝居なの⁈」

「俺は違う」

「違う⁈ 分かんないんだけど!」


 トラブルは、ごめんと、テオに謝り、ところでジョンは?と、見回した。


「え? ジョン?」


 ピンポーンとドアチャイムが鳴り、迎えのマネージャーが到着した。


「あー! ジョン! 起きて下さい!」


 ゼノの声に、何事かと全員でジョンの部屋に行く。


 ジョンは着替えもせず、床で力尽きていた。


 早起きをして(させられて)の猛ダッシュのランニングの後に、美味しい朝食でお腹を満たせば当然眠たくなる。


「ああー、こうなると起きないよねー」


 ノエルが諦めた顔で髪をかき上げる。


「トラブル、今朝みたいにジョンを起こして下さい!」


 ゼノはジョンの着替えを鞄に詰めながらトラブルに頼んだ。


 セスは「ひでー事、言うな」と、ゼノを見る。


 ノエルとテオは「?」だ。


 トラブルは、今度は左の首でと、ジョンのかたわらに膝をつき、首を親指で下から上へ、グイッと押し上げた。


「いってー!」


 ジョンは1発で飛び起きる。が、まだ状況が飲み込めず、呆然ぼうぜんとしている。


 ゼノがジョンの腕を引き、ノエルが戸締りをして全員で家を出た。


 マネージャーがテオを見て、休んでも構わないと言う。


 テオは「大丈夫です」と、笑顔を見せた。


 エレベーターを降り、駐車場でトラブルがマネージャーに確認があると呼び止めた。テオが通訳する。


ノエルは医務室に来る時間はありますか?


「はい。会社で打ち合わせをしてからテレビ局に移動なので少しなら可能です」


では、ギプスを巻き直すので寄越よこして下さい。


「このキッチンギプスでも快適だけど」


 ノエルが右手を振って見せる。


 トラブルは微笑みながら、では後でと、バイクにまたがる。


 ヘルメットをかぶり、バイザーを下ろして重厚なエンジン音と共に、テオ達を乗せた車を追い抜いて行った。


「カッコいいなー」


 ジョンがつぶやく。 


「バイクはダメですよー。危ないですからねー」


 マネージャーが先手を打って釘を刺す。


「じゃあ、車の免許はいいの?」


 テオが、運転するマネージャーに身を乗り出して聞いた。


「まあ、ゼノもセスも持ってますし車なら代表も反対しないと思いますよ」

「やったー。免許取りに行きたい!」

「構いませんが、時間が掛かりますよ。詰めて教習所に通えば2週間位で取れますが、何せ休みが……次の完全休暇はー……正月ですね」


「嘘ー!」


 これには、ゼノ以外のメンバー全員が異口同音に叫ぶ。 


「本当? ゼノ」

「丸1日の休みの日ではなく、りの遅い日に早起きして視力検査だけ行って、終わりの早い日に急いで学科だけ受けて……と、少しずつこなしていけば、まあ、半年位で何とかなるのではないでしょうかねー」

「頑張って半年後かー」


 テオは遠い目をする。


「いや、次の休みが正月って話は? 信じられないんだけど」


 ノエルがゼノを見て言う。


 ゼノは肩をすくめるだけで何も言わなかった。どうやら本当らしいと、ノエルも遠い目をする。


「あいつが免許持ってるだろ。お前が車を買ってやれば? あ、あいつ、まだ車に2人きりは無理なのか?」


 セスがテオに聞くが、テオには初耳な話だった。


「何それ、トラブルが車に乗れないって、どういう意味?」


(しまった。聞いていなかったかー)


 セスは顔をしかめ「俺から聞いたって言うなよ」と、口止めしてテオに説明をした。


「何年か前、あいつが始めて宿舎に来た時、食材が何もなくて、俺とトラブルがゼノの車で買い物に行こうとした事があったろ?」

「あー! テオが熱を出した時。はいはい」


 ノエルは思い出した。


「その時、言ったんだよ。車で2人きりの密室が苦手だから自分は後部座席に座るって」

(第1章第47話参照)


「そんな事、言ってたっけ?」


 テオとゼノ、ジョンは思い出せない。


「その時は、俺しか手話が読めなかったからな」

「何で、苦手なんだろう」

「さあな。『男』と、2人きりが苦手みたいなニュアンスだったから、それ以上は聞いていないが。ま、テオとなら大丈夫だろ」

「そうだよ、テオとならトラブルは大丈夫だよ」

「うん、ありがと……」


 ノエルに微笑んで、しかし、すぐに真顔になる。


(また、僕の知らないトラブルがセスから出て来た……)

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