第199話 お兄様、お願い


 会社の控え室でジョンが着替えていると、マネージャーがジョンの首が帯状おびじょうに赤くなっているのを見つけた。


「なんか、クビが両方ともヒリヒリするんだよねー」

「医務室に行きますか?」

「うーん、そこまでじゃないんだけど」


 ジョンが悩んでいると、ゼノが笑いをこらえながらノエルと医務室に行くように言う。


「僕も行くよ」


 年下の3人で、控え室を出る。


「早く戻って来て下さいねー」


 3人はマネージャーに背中を向けたまま、はーいと、返事をして医務室に向かった。


 医務室では、トラブルがシーネと包帯を準備して待っていた。


 3人の姿を見て、首をかしげる。


「ジョンの首が赤くなっちゃったんだよ。トラブル、ちから入れ過ぎだよ」


 ノエルが笑いながら言う。


「え! トラブルが、これやったの? いつ? なんで?」

「ジョンが起きなかったからでしょ」

「優しく起こしてくれればいいじゃん!」

「起きなかったのー」

「キズモノにされた!」

「はいはい。トラブル、てあげて」


 トラブルはるまでもなく、軟膏を取り出してジョンの首にササッと塗る。


はい、おしまい。ノエル、ここに座って下さい。


「優しくない! 僕だって好きで起きれないんじゃないもん! オーバーアクション? オーバーヒート? オーバー……なんだっけ?」

「オーバーワーク?」

「そう! ノエル、それです。僕は働きすぎです!」

「ゲームのやり過ぎでしょ?」


 ノエルはトラブルに包帯を外されながら、呆れたように言う。


「スマホを見ながら寝落ちしているじゃん」


 テオもその様子を隣に座って見ながら、ジョンの顔すら見ずに言う。


ブルーライトを過剰に浴びると交感神経が優位に働き、眼精疲労や睡眠障害を引き起こします。


 トラブルはジョンに手話をするが、ジョンは口をへの字に曲げてねて見せた。


「わざと僕に分からない言葉を使って、僕の悪口を言ってるでしょうー」


 トラブルは肩をすくめ、ノエルの右手に集中する。


 赤みは引いた。しかし、れは変わらず続いている。


 トラブルは、右腕をる事は出来ないかと、ノエルに聞く。テオが通訳して「骨折した時みたいに首からるすって事?」と、聞き返した。


そうです。肘から固定した方が、より手背しゅはいに負担が掛かりません。


「無理だよ。腕をったままで踊れないよ。今のギプスで痛まないから平気でしょ?」

「トラブル、ノエルの手はそんなに悪いの?」


 テオは心配そうにノエルの肩に手を置く。


いえ。治るスピードを上げようかと思ったのですが。少し、固定位置を広げていいですか?


「広げるって?」


手首を完全に動かせられない様に、この辺りまで。


「手首を回せなくなるよ! ダメダメ。今からテレビなんだから大袈裟にしないで。大丈夫だから」

「ノエル、トラブルの言う事は聞いた方が……」


 テオはトラブルに加勢するが、ノエルの気持ちも分かり、強く言う事が出来ない。


 トラブルは、分かりましたと、シーネをノエルの手にう様に曲げ、包帯でしっかり固定しながら巻いて行く。


もし、緩んだり取れたりしたら、すぐに巻き直して下さい。痛みがなくても決してはずしてはいけません。消炎鎮痛剤を渡しておきます。少しでも違和感を感じたら飲んでください。判断に迷ったら私に連絡して下さい。


「分かった、ありがとう。大丈夫だよ、痛みはないんだから」


 トラブルは心配顔のまま、納得はしていない様子でうなずいた。



「もしもーし、ノエルの手より僕の首の話は?」


 ジョンは首をさすりながら、オーバーワークに話を戻す。


「墓穴を掘ったなー」


 ノエルが悪い顔をして、トラブルに寝る前のゲームが睡眠に悪影響を与えない時間を聞いた。


寝る前の2時間はゲーム、スマホ、タブレット、パソコンは禁止です。


「え! 寝る前の2時間なんて、まだ家に帰ってないよ!」


「はい、ドクターストップ掛かりましたー。ゼノに言っておきまーす」


 ノエルはしたり顔をする。


「ノエルひどーい! テオ、助けて〜」

「ノエル、意地悪だよ」

「そうだ! 黒ノエル!」

「いや、ジョン、そんな事を言ったら、もっとノエルに……」


 幼い頃から兄弟の様に育ったテオは、ノエルの性格をよく知っていた。


 何がきっかけなのかは分からないが、時々、もの凄く意地悪になる事を。


「はい、ジョン、アウトー! マネージャーに言っておきまーす」

「がっ!」

「ダメだよ、ジョン。ノエルに口でかなうわけないよ」

「バカノエルー!」

「ダメだってば……」

「僕がかなうのは、顔くらいだー!」


 ノエルは目を見開いてその整った顔を悪魔的な笑顔で満面にさせる。


「はい、スリーアウト! 代表に言って、ジョンのスマホを解約してもらいまーす」

「いやー! ごめんなさーい!」


 その時、テオのスマホが鳴った。


 マネージャーが早く戻れと言う。テオは返事をしてスマホを切った。


「なんで、僕に掛けて来たんだろう……」


 テオはトラブルを見る。


 トラブルは苦笑いで、前科がありますからと言った。


「ノエル様ー! ごめんなさーい!」


 末っ子にノエルは「ダメダメ」と、首を横に振る。


「ノエルお兄様、一番人気の優しいイケメンお兄様、ダンスマシーンのイケてるお兄様、お酒に強い酒好きお兄様、筋肉モリモリ大盛りお兄様ー!」

「最後、褒めてないよ!」

「あー! 正直すぎて、ごめんなさ〜い!」


 ジョンの、あまりに必死な様子に大笑いするノエル達。


「スマホを取り上げたりしないけど、寝る前は控えようね」


 ノエルは一転して優しく言う。


「だって、眠くならないんだもん。ゲームしてる方が眠くなるんだもん」

「あー、分かる。それ」

「テオ、共感してちゃダメじゃん。寝落ちしないように時間を決めてやりなよ」

「はーい」

「はーい」


 トラブルとノエルは2人の素直な返事に思わず笑い合う。

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