第29話 事故処理


 ホテルの地下駐車場に到着した。


 エレベーターを待っていると、奥から代表の声がする。


 その声はひどく怒っているようだ。


「あそこ、警備室だよね」


 マネージャーに引き止められながら、メンバー達は誰ともなく警備室に足を向けた。


 薄暗い廊下にトラブルと代表が立っている……と、代表がトラブルの頰を引っぱたいた。


 乾いた音が廊下に響く。


 トラブルは頭を下げている。


 代表は大声で怒鳴りながら、右から左からトラブルの顔や頭、肩を突く。


 トラブルの体は大きく振られ、痛みに顔が歪んでいた。


「まあ、まあ、やめて下さいよ」


 警備室からホテルの支配人らしき人が出てきて、それを止める。


「本人も反省している事ですし……」と、警備員と支配人が、代表を落ちつかせようとしている。


「このバカのせいで、ご迷惑をお掛けして申し訳ない」


 代表は頭を下げるトラブルをパシッと叩く。


「ケガ人は大したことないですし、ウチの警備員にも被害はないのですから。これからは気をつけて頂ければ、結構ですから」と、支配人は代表の勢いに押され、オロオロと答えた。


 代表はトラブルの頭を押さえ、さらに下げさせる。


「寛大な処理感謝致します。今後ともよろしくお願い致します」


 そう言って自らの頭も下げた。




 2人がこちらに向かって来たので、メンバー達は慌ててエレベーター前へ戻る。


 しかし、見ていた事はバレていた。


 トラブルは口の周りや頬、首、両手に擦りキズがあり、痛々しい。


 目を合わせず無表情のまま頭をペコッと下げて、階段で上がって行った。


 テオは、目で追うが声をかける事は出来なかった。気まずい空気が流れる中、開いたエレベーターに代表と乗り込む。


 すると、エレベーター内で代表が口を開いた。


「警備員はVIP客を命がけで助けに行って、それが、ふざけた忘年会の結果と知って業務妨害だと言い出したんだよ。訴えるとね」

「それで、トラブルにキレて見せたんですね」


 ゼノが納得したとうなずく。


「作戦成功だろ」


 代表は増えていく光る数字を見ながら、ぶっきらぼうに言う。


「じゃあ、わざと……?」


 泣き出しそうな声でテオが聞いた。


 代表はそんなテオを一瞥いちべつする。


「当たり前だ。女を殴る趣味はない」

「トラブルはそれを知っているのですか?」

「さあな。でも、分かってるだろ」


 ゼノの質問に答えると同時にエレベーターは目的の階に到着し、全員で降りる。


 エレベーターホールで、ついと代表は立ち止まり、メンバー達を見渡した。


「トラブルを表沙汰にしてはいけない。テオと似ているだけで話題性がある。そして、いつか誰かが、あの事件の被害者だと気付く」

「だから、写真も動画もダメって……」

「そうだ。マスコミに騒がれたら今度こそトラブルは壊れる」

「今度こそ?」


 セスは聞き逃さなかった。


 代表は、しゃべりすぎたと、顔を伏せ「話しは終わりだ。寝ろ」と、部屋へ入って行った。


「どんな顔して会えばいいんだろう……」


 テオは困惑しながらノエルに肩を抱かれて部屋に向かうと、部屋の前になぜかユミちゃんとソヨンがいた。


 メンバー達を見つけると「大変なのー!」と、ユミちゃんが駆け寄って来る。


「トラブルが部屋に入ったの見たから、2人で来たんだけど、チャイムを押しても応答がないの!」


「えっ!」と、テオが慌てて鍵を開ける。


 ドアを押し開けると内側からもドアが引かれた。


「?」と、ジャージ姿のトラブルが、バスタオルで頭を拭きながらドアを開けていた。


「トラブルー!」


 ユミちゃんが抱き付く。しかし、トラブルは苦痛に顔を歪めてユミちゃんの手を退けた。


「ごめんなさい、大丈夫?」


 大丈夫と頷くが大丈夫そうではない。


 続いてメンバー達も入ってくる。


「全然、大丈夫に見えない」

「どこが大丈夫なんだよ」


 テオとセスが同時に言う。


 トラブルは両手を広げ、生きていますと、ポーズを取った。


 ソヨンが半泣きで頭を下げた。


 大丈夫だからと、ソヨンの顔を覗き込み指で涙をぬぐう。


 トラブルはソヨンをベッドに座らせた。


 ソヨンの膝とふくらはぎに擦りキズが出来ている。


 軟膏と絆創膏を貼る為にトラブルはひざまづくが、その動作はゆっくりで痛々しい。


「トラブル、髪の色、取れてないよ」


 見下ろしていたノエルが重い空気に泣きそうなテオの為に話題を変えた。


 確かに、所々、金髪が残っている。


「メイクもちゃんと落とせてない。はい、シャワーやり直しね」と、ユミちゃんはトラブルをバスルームへ引っ張って行った。


「ねぇ、あれ」と、黙っていたジョンが、椅子に掛けられたトラブルの上着を指差した。


 その上着の背中一面に、踏まれた靴跡が多数残っている。


 それを見た全員が言葉を失う。


「本当、生きてて良かった……」と、セスがつぶやいた。


 ゼノがポンッと手を叩いた。


「さあ、トラブルは明日試験だし、我々は部屋に戻りましょう」


 例によって、ジョンがドアの前で振り返る。しかし「あ、テオ……おやすみ」と、出て行った。


 廊下で年上の3人に、よしよしと頭を撫でられる。


 ソヨンはテオと2人きりが気まずくなり、ユミちゃん?と、バスルームへ入って行った。


 しばらくして、髪が真っ黒に戻ったトラブルと3人で戻って来る。


 3人は軽くハグをし、ユミちゃん達は帰って行った。


 テオと2人になったトラブルは、鏡を貸して下さいと、口パクで言う。


 テオは「トラブル、鏡持ってないの?」と、呆れながら手鏡を渡した。


 トラブルは椅子に座り、手鏡を覗きながら前髪を上げて額のキズの絆創膏を貼り直した。


「今、1番、痛い所はどこ?」


 脇腹と背中と、トラブルは指を差す。


「見せて」


 トラブルは、ジャージを上げ脇腹を見せるが、すでにガーゼとテープが貼られていた。そのガーゼに血がにじんでいる。


「血が出てるよ!刺されたの⁈ 」


 トラブルはノートにメモで返事をする。


『ハイヒールに踏まれたようです』

「痛い……背中は?」

『見えないので、わかりません』

「だから、見せてって」


 テオがジャージに手を伸ばす。が、トラブルはさっと立ち上がり、拒否をした。


「…… わかった、見ないよ。あのね、僕たちトラブルが代表に叩かれている所、見ちゃったんだよ」


 テオはうつむいて言う。トラブルは、少し考えてからメモを書いて見せた。


『あれは、パフォーマンスです。そうしなければならない理由があったと思います』

「うん……そうだね」


 テオは、代表の言う通りトラブルはわかっていたと安堵する一方で、エレベーターホールでの話はしてはいけないと感じた。


 話題を変えようと深呼吸をする。


「明日の試験、受けるの? 勉強出来てないでしょ」

『私は試験を落とした事はありません』

「本当⁈ 1回も?」

『はい、なので大丈夫です』

「トラブルがそう言うと、本当に大丈夫に聞こえるよ」


 テオは安心してベッドに入る。


 トラブルも、イタタ…… と、ゆっくり自分のベッドに横になる。


「ねえ、トラブル。今日カッコよかったよ」


 トラブルは微笑んだ……ように感じた。

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