第30話 信頼関係


 翌朝。


 テオが起きたのは昼近くだった。トラブルは荷物と共にすでに姿を消していた。


 地下駐車場でメンバー達と合流する。


 トラブルは、朝、試験会場に向かったと、マネージャーに知らされた。


「台湾で試験だったんだ」

「国際手話試験はどこでも受けられるんだって」

「昨日、勉強出来てないから大変ですね」

「今まで、1回もテストを落としたことがないって言ってたから、大丈夫だよ」

「ええ! 赤点ゼロってこと?」

「首席で卒業とか、やっていそうですね」




 空港で見送りのファンに手を振って応え、帰路へ。


 韓国では、台湾での将棋倒しを熱狂的なファンが引き起こした事故と報じていた。


 当然、トラブルの名前は出ていない。


 代表とゼノのファンへの謝罪とお見舞いの言葉が繰り返し放送される。


 世論は素早い対応に称賛の声を上げていた。


 SNSでは、スタッフをテオと間違えたファンの自己責任説が出ているのみで、テオそっくりなスタッフの話題はない。


 まったく、うちの代表のマスコミ対策は大したものだ。ホテル側から訴えられなくて良かったと、社内からも評価された。





 帰国日の今日はオフだ。


 テオはノエルを誘って洋服を買いに出掛けた。テオは黒い服ばかり物色している。


 お洒落なテオは、気に入れば女物の服を着ることもある。女性用の服の前で、んー、サイズが難しいなぁと、呟くテオにノエルは気が付いた。


「もしかしてトラブルの探してんの?」

「うん。試験に合格したら、お祝いにあげるんだー」

「試験に合格しなかったら?」

「……お、お悔やみにあげる」

「言葉の選択おかしいし」

「絶対に合格するもん」

「まったく。んー、バイクに乗る人だからライダースーツとか?」

「あ、それいい! 」


 2人はバイク用品専門店へ出向く。


 しかし、結局サイズが分からず断念した。


「あ! 僕もヘルメットがあれば乗せてくれるかなぁ」

「後ろに? ビミョ〜」


 結局、2人は何も買わずに店を出た。テオはまだ悩んでいる。


「テオ。トラブルの事、もっと知ってからじゃないと難しいよ」

「んー」

「アクセサリーってタイプじゃないし」

「んー」

「本人に欲しいものを聞けば?」

「んー」

「聞いてる?」

「んーんん、聞いてない」

「もうっ!」


 プレゼントを用意出来ていないばかりか、合否も分からないまま1週間が経った。


 今日は歌謡祭の衣装合わせと、その衣装でのスチール撮影を行う。


 パク・ユンホと共にトラブルは現れた。黒いリュックと三脚、カメラバックを肩に掛け、いつもの黒装束だ。


「お、トラブル」「あ、トラブル」「よっ、トラブル」 と、あちらこちらから声がかかるが、トラブルはその度に、ペコッと頭を下げつつ照明のセッティングを行った。


「メンバー、入りまーす」


 メイクを済ませた5人はパク・ユンホとメインアシスタントのキム・ミンジュに挨拶をする。


 パクの指示でそれぞれの立ち位置についた。


「顔を向けて、そう、手はこっちへ……」


 メンバー達はパクの細かい指示に従う。しかし、視線は自然にトラブルを探していた。


「トラブル、照明をこちらから当ててくれ。そのスタンドライトを消して」


 パクの言葉で、スタジオの暗がりにいたトラブルが手持ちのライトを持って出てきた。


「あっ、トラブル」


 テオが笑顔を向けるが、トラブルは相変わらずの無表情で、まるで初対面のような態度だ。


 パクの1歩後ろから照明を当てる。


「もう少し下からあてて。いや、上から。右から。左から」


 メンバー達は動くトラブルを目で追う。


「君たち、カメラを見てくれないか?」


 パクは苦笑いをした。


 その時、撮影中にもかかわらず、ユミちゃんとソヨンが現れた。


「トラブルー!」


 ユミちゃんはトラブルに抱きついた。照明が激しく左右に揺れる。


「おっ」と、パクのシャッター音が連続した。


「もう、痛くないの?」と、小声のユミちゃんに、頷き返すトラブル。


「先日はありがとうございました。試験はどうでしたか?」


 そう聞くソヨンに、goodと、トラブルは親指を立てた。


「合格したのですね」

「やったー! これ、お祝いよ!」


 ユミちゃんがキラキラしたラメのついた黒い袋にラッピングされたプレゼントを渡す。


 聞いていたテオがたまらず話し掛けた。


「トラブル、受かったの? その、プレゼント開けてみて」


 片手にプレゼントを持ち、片手でライトを支えるのは少々重い。


 トラブルが床にプレゼントを置くため照明を外すと「こら!」と、キム・ミンジュが叱った。


 いや、いや、いいぞと、パク・ユンホの口角は上がる。


「トラブル、ライトを左右に大きく揺らしてみてくれ」


 トラブルは言われた通りにライトを大きく揺らしてみる。


 パクはカメラを覗くが、シャッターを切らない。


「んー、トラブル、左右に歩いてみてくれ」


 トラブルのライトの動きに合わせ、メンバー達の視線と影が動く。


「そこだ、そこでストップ」


 右側からライトが当たる。パク・ユンホが左へ移動した。


「カメラを見て」


 左のカメラを見るメンバー達。


「トラブル、もう少し下へ」


 右の照明を見るメンバー達。


 トラブルが動くとメンバー達はトラブルに目が行ってしまう。


 画像をチェックしているキムが「カメラに集中して」と、声を掛けた。


 ユミちゃん達はトラブルにまとわり付いてクスクスと笑いあっている。トラブルも時々、頷いていた。


 メンバー達はどうしてもトラブルに気を取られてしまう。


「トラブル、どうにかしろ。カメラに集中させたい」


 パク・ユンホがカメラをのぞいたまま、ため息を吐く。


 トラブルは上着の内側から何かを取り出し、パクの背後へ投げた。


 それを目で追うメンバー達。


 カチーンと床に転がったのはボールペンだった。


 パクはシャッターを切るが「ダメだ。カメラを見ていない」と、言う。


 今度はユミちゃん達にライトを持っていてもらい、パクの元へ行き、カメラの上部に何か貼った。


 何だ?と、カメラを見るメンバー達。


 パクはここぞとシャッターを切るが、メンバー達の顔が「?」になっていた。


「あ、ただの付箋かー」と、笑い合うテオとノエル。


 マネージャーも、カメラに集中して!と、叫ぶ。


「トラブル、重い〜」


 ライトを落としそうになっている女子の声で、トラブルは右へ走る。すると、一斉に右を見てしまうメンバー達。


「ダメだな、こりゃ」


 笑うパクはカメラを置いてしまった。


 キムが「トラブル、お前出て行け」と、眉間にシワを寄せる。


「ひど〜い」と、ユミちゃんは口を尖らすが、トラブルは頭を下げて出て行こうとした。


「まあ、待て」


 パク・ユンホが引き止める。


「んー、まず、そこのお嬢さん達は出て行って貰おうかな」


 パクはユミちゃんとソヨンに言った。


「えー、久しぶりに会えたのにー」


 ふくれるユミちゃん。


 メインアシスタントのキムは、トラブルどうにかしろと、目で言う。


 トラブルはソヨンに手話で、あとでご飯をしようと、伝えた。


 ソヨンはそれをユミちゃんに伝える。


「本当⁈ うれしー! じゃあ、あとでねー」


 ユミちゃん達は出て行った。




「さてと、どうしたものかねー」と、パクは頬に手を当てる。


 ゼノが「すみません、もう大丈夫です。ですよね?」と、メンバー達を見回す。


「ゼノ、君が1番努力していてくれたのは、わかっていたよ」


 パクは笑顔で続ける「でも、集中しきれていなかった」


「はい、すみません」

「気になる事が多すぎるみたいだな」


 パクは軽やかに笑う。


 マネージャーが「申し訳ありません。言って聞かせますので」と、入ってくる。


「いや、いや、原因はわかっているのだから、その原因にどうにかしてもらいましょうか」


 パクは眉を上げてトラブルを見る。


 トラブルは長い前髪の下で眉間にシワをよせ、ふー……と、ため息をいた。


 少し考え、ユミちゃんからもらったプレゼントを拾い、メンバー達の前へ行く。そして、皆の前であぐらを組み座った。


 手で、座ってと、合図をする。


 5人は素直に従った。


 トラブルはメンバー達の前でプレゼントを開けた。それは小さな箱だった。


 覗き込むメンバー達。


 中から、黒い腕時計が出てきた。


「おー、カッコいいー」

「このブランド知ってるよ」

「男物だな」

「ユミちゃんは完全にトラブルを男性として見ていますね」

「合格したんだね、おめでとう」

「おめでとう!」

「ソヨンは手話がわかるんだな」

「腕時計してみてよ」

「ベルトサイズの直し方書いてあるよ」


 5人が言いたい事を言ったあと、トラブルはメモを書く。


『ソヨンさんには、耳が不自由な弟さんがいて、その弟さんを大学に行かせる為、仕送りをしているそうです』


「そうなんだー」と、メンバー達。


 トラブルは、付けてと、左腕を差し出す。


 テオが巻いてサイズチェックをし、このブランド持ってると言うノエルがベルトサイズを直した。


「トラブル、腕細すぎですよ」

「チョコレートケーキしか食べてないんでしょ」

「僕もご飯行きたい」


 トラブルは首を横に振る。


「じゃあ、合格祝いのプレゼントさせて」

『今、ください』

「え?」

『今、私はスタジオから追い出される瀬戸際です』

「あ、僕達のせいだ」

『私は、どうもあなた達と仕事がしたいようです。あなた達はどうですか?』

「もちろん、したいよ」

『ユミちゃんやソヨンさんは、あなた達をカッコ良くする仕事を終わらせました。私は今、仕事中です』

「うん、僕達も仕事中だ」

『あなた達が今することは?』

「カッコイイ姿を見せる事?」

『その通りです。では、始めましょう』




 トラブルとメンバーが座り込んで話している時、後ろではパク・ユンホがキムに話し掛けた。


「被写体をその気にさせるのは、写真家の最重要課題だ。それが上手く出来る者だけが、評価され生き残れる。あの時、トラブルを外に出しては、メンバー達がぼやけた顔しかしなくなる。問題を避けるのではなく、問題を追及し解決するのだ」


 キムは強く頷いた。


 メンバー達が立ち上がる。


「よろしくお願いします!」


 トラブルは右のライトの位置へ。パクは左のカメラ位置へつく。


 今度はカメラへの集中が半端ない。


「よし、よし、いいぞー」


 シャッター音が途切れず、1人1人の撮影も順調に進む。


 タイムロスはすぐに取り戻せた。

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