第448話 頭の中のレイプ


 セスはパソコンから顔を上げず「ん」と、受け取り、ゼノは驚きの声を上げて「ノエルからですか⁈ 」と、ノエルを見た。


 ゼノは席を立ち、2人の元に来る。


 グラスの薄茶色の飲み物の匂いを嗅ぎ「トウモロコシ茶?」と、口をつけた。


「ゼノ。懐かしいでしょ?」


 テオが笑顔で言う。


「はい。メニューにあったのですか?」

「テオが見つけてくれたんだよ」


 ノエルは、笑顔でグラスを傾けながらテオの肩に手を掛ける。


「トラブルんちでね出してくれたの。ジュースよりも体にイイし、ホッとして心にもイイってさ」

「さすが、トラブルですね。ノエル、頂きます」

「乾杯〜」


 3人はグラスを合わせ、飲み干した。


「昔より美味しくなっている気がしますね」

「そう?」

「アメリカで母が作ってくれましたが、美味しいと感じた事はありませんでしたねー」


 CAは立ち去らず、3人の会話を笑顔で聞いていた。その目はノエルを見つめている。


 ノエルは、その視線に気付いたのか「テオに、おかわりを」と、ぶっきら棒に言った。


 CAはノエルに返事をして、バーカウンターに向かう。


 ゼノはノエルの、その様子に気が付いた。


「ノエル、悪い癖が出ていますよ。ファンかもしれないのですから。ファンでなくとも、人として態度に気を付けなくては」

「うん……でも、プロ意識のない人は嫌いなんだよ」

「馴れ馴れしくして来たわけでもありませんし、キチンと仕事をしていらっしゃいますよ?」

「ハッキリとサインが欲しいとか、ファンですって言えばイイじゃん? 隙あらばって感じが気持ち悪いんだよ。僕が引っ掛かるのを待っていて、気分が悪くなる」

「ノエル! そんな風に言うものではありませんよ!」

「ゼノには分からないよ……僕には、あの人の下心が見えるんだよ」

「……見える? ノエル、いったい……」


 ノエルは何かを言い掛けて、そして、深呼吸をして言葉を飲み込んだ。


「何でもない。もう、寝るよ。テオ、ハグして」

「う、うん……」


 テオは立ち上がり、ノエルと軽くハグをした。


 ノエルは自分の座席に戻り、シートを倒して横になる。


 CAが、変わらぬ笑顔でおかわりのトウモロコシ茶を持って来た。テオに渡しながら、立ち尽くすゼノに声を掛ける。


「何か御用は御座いませんか?」

「あ、いえ……ありがとう」

「では、失礼致します」


 CAは立ち去りながらノエルの席をのぞく。


 ノエルはブランケットを被って、背中を向けていた。


 ゼノは、立ち去るCAを見送りながら、彼女のどこにノエルを苛立たせる態度があったのかと考えるが、まったく分からなかった。


「ゼノ」


 セスがゼノを呼んだ。


「はい。……セスには分かりますか?」

「放っておけ」

「しかし……」

「俺にも、あの女の頭の中身が分かる。ノエルは見えると言った。確かに気分の悪くなる内容だぞ」

「私には、まったく……ノエルを理解したいです。教えて下さい。お願いします」


 セスはゼノをジッと見る。そして、低い声で言った。


「場所を変えよう」


 2人はバーカウンターと反対側のソファーシートに移動する。


 セスはゼノに顔を近づけた。


「あのCAは、普段からハイスペックな男を探している。そして、そんな男に愛されたいと望んでいる」

「それはー……女性なら誰でも夢見る事では?特に、この様な仕事をしていれば実際に出会う事もありますし」

「その妄想を見せ付けられたら?『あなたが私を毎晩、盲目的に求めて来て、そして私がフッて、あなたが泣いてすがって、マスコミに追われ、トレンド入りして、私は世界中の女を敵に回して、世界中の男に』……」


 セスは、突然、話を止めた。


「セス? 男に? 続きは何ですか?」


 ゼノが怪訝けげんそうに聞いた時、話題のCAがセスの後ろから笑顔で近づいて来た。


「お飲み物をお持ち致しましょうか?」

「い、いえ。結構です……」

「では、御用の際は、お呼び下さい」


 CAは、笑顔のまま丁寧に頭を下げて立ち去る。


「セス、近づいて来たのが分かったのですね?」

「ああ。今、あの女はお前とのセックスを想像していたぞ」

「ええ⁈ 本当ですか⁈」

「ノエルが気持ち悪いと言った意味が理解出来ただろ?」

「そうですが……あんなに才色兼備な人が……」

「人は見かけじゃ何も分からないさ」

「しかし、我々の仕事は少なからず、その様な夢を抱かせる部分もありますし、彼女だけではないはずですよね? ノエルはなぜ、いつもよりも強い拒否反応を示したのでしょうか?」


 セスは鼻を鳴らして、ため息をいた。


「ノエルは元々、簡単にすり寄ってくる女を嫌っていただろ?」

「そうですね。ソヨンさんとか……」

「それは、女どもに勝手に犯されている感覚を味わうからだ」

「え!」

「女は、エロジジィに体をジロジロと見られてニヤニヤされたら、気持ち悪がるだろ」

「そりゃあ、気持ち悪いですよ」

「ノエルも同じ様に気持ちが悪いんだよ。まあ、あのCAは特別、想像力が強くて性格が悪いけどな」

「はぁー……あ、ノエルは見えると言いましたが?」

「それは、ま、ノエルにも新しい出会いがあったって事だ」

「出会いとは?」

「……ノエルの頭の中は、その子の事でいっぱいだ。だから、余計に女どもの妄想が汚く感じるんだろ」

「ノエルは恋をしているのですか⁈」

(第2章第432話参照)


「バカ、声がデカい」

「相手は? いつの間に?」

「それは、ノエルが言って来るのを待て」

「そ、そうですね。分かりました……」

「なんだ? 納得が出来ないか?」

「いえ……セスも辛くはないのですか? その、想像で犯されて……平気ですか?」


 セスはジロリとゼノを見る。


「……俺もノエルも、ファンの前に立つ時は、覚悟というか、想定しているから平気だ。思ってもらえて嬉しい時もある。こういう、移動の時や買い物中なんかのプライベートな時間に急に思われると……キツイさ」

「そうでしたか……すみません」

「ゼノのせいじゃないだろ。俺達の面倒な力のせいだ」

「いえ、ノエルを叱ってしまいました」

「正常な判断だ」

「しかし……」

「ゼノの『普通』の感覚は、俺達の基準なんだよ。人よりも自分の殻に閉じこもりがちになるのを、ここまでは良くて、ここからは気を付けなくてはと、ゼノを基準にしているんだ。だから気にするな」

「気にしますよ。これからはノエルがあの様な態度を取った時は、女性を遠ざける様にします。セスにも」

「ああ、そうしてくれ。俺はコントロールが出来ているがな」

「セスは、元々、不機嫌な時が多いので分かりにくいですけどね。あ、不機嫌って事は嫌な気分を味わっているという事ですよね。すみません」 

「謝るなって。俺よりも未熟者のノエルを気に掛けてやってくれて」

「セスの事も気に掛けますよ。ノエルよりもセスの方が心配です」

「ふん。俺だって、このままじゃないさ。だから、大丈夫だ」

「はい、大丈夫なのは信じます。でも、辛い時は辛いと口に出して下さい。野良犬みたいに、うずくまって耐えていないで」

「はいはい、どうも」


 ゼノとセスは自分の席に戻った。


 消灯時間となり、機内の灯りが落とされる。

 

 セスもパソコンを閉じ、メンバー全員が眠りに付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る