第169話 ビビン麺とジャージャー麺


「遅いですよ!」


マネージャーはメンバー達の控え室で待っていた。


 メンバー達は遅い昼食を食べ始める。


「冷めてる」とのセスの一言に、マネージャーは「温めますか⁈」と、キレ気味に聞く。


「自分がやりますよ。打ち合わせを始めて下さい」


 ゼノの言葉に甘えてマネージャーはスケジュール帳を開いた。


「では、来月末からのツアーですが……」


 ゼノがセスと自分の食事をレンジで温めなおす。


 すると、当然、下の3人も「僕もー」となり「これ誰の」「まだ冷たいよ」「変な匂いがする!」と、騒がしくなってマネージャーの声はかき消された。


 マネージャーは、諦めた様にレンジ前の騒動が終わるのを待つ。


「よろしいですか?」

「はーい。いただきまーす」


 ジョンの元気な合図でマネージャーは、これからの大まかなスケジュールを説明する。


「来月末からのツアーですが、日本のアリーナツアーを皮切りに、日本・アメリカ・フランスの主要都市を回ります。最後はソウルでフィニッシュです」


「新曲の発表は日本でですか?」

「いえ、コンサートで新曲を発表すると発売前に動画で拡散してしまうので、代表と話してツアー前にリリースする事になりました。で……」

「待て待て待て、早まったって事か?」


 セスが驚いてマネージャーの言葉を止める。


「はい。で、MV撮りも早めます」

「待てって、まだ、仕上がってないぞ」

「はい。なので早く仕上げろと代表の命令です」

「ふざけんなっ」


 セスは椅子の背に寄りかかり上を向く。


「セス、頑張ってー」


 ジョンがビビン麺を頬張りながら、セスを見もしないで応援する。


「心温まる声援ありがとなー」


 セスもジョンを見ないで、寄りかかったまま投げやりに言い返した。


 マネージャーが「ジョンも頑張らないといけませんよ。背筋ダンス(第2章第111話参照)の企画が通りましたからね。あと、ノエルとテオも」と、スケジュール帳を閉じた。


「えええー⁈」


 3人の声が重なる。


 セスは手を叩いて大笑いしながら「ジョン、頑張って〜」と、ジョンの声色の真似をして、やり返す。


「裸のミュージックビデオなんて、お母さんに見せられないよ」


 青くなるジョン。


「本当に決まったの⁈」


 ノエルがマネージャーに確認をした。


「はい。振り付けの先生が代表を口説き落としました。まあ、さすがに全編半裸という事には、ならないと思いますが、今回のツアーの目玉というか見所みどころになります」

「コンサートでも背筋ダンスするの⁈」


 ノエルの、嘘でしょ⁈ に対し、マネージャーはジョンを見る。


「だから“頑張らなくては” と、言ったのですよ。ダイエットを」

「マジなやつかー……」






 医務室では、代表とトラブルがビビン麺とジャージャー麺を頬張りながら無言で対峙たいじしていた。


 代表がビビン麺をズズッとすすると、トラブルもジャージャー麺をズズズっとすする。


「まだ、怒っているのか? 仕方がないだろ。メンバー達に日本のCMで恥をかかせるわけにはいかないだろうが」


 トラブルは返事をしない。


「こうやって、昼飯をおごっているだろ?」


 三白眼さんぱくがんにらみ続ける。


「なんだよ、置いていった事を怒っているのか? お前より俺の方が忙しいんだよ。まー、からまれているかもなー? とは、思ったけどな」


 トラブルはやっと動いた。


予測していたのにも関わらず何も対策を講じず放置したのですね。


「そんな言い方するなよ。だから、大丈夫だったか? と、親心で来てやったんだろ」


来てやった? 来てやった⁈


「言葉尻をとらえるなよ。嫌な女だな」


ごめんとか、ありがとうとか、言えないのですか?


「だから! ありがとうと思って飯を差し入れたんだろ。素直に受け取れよ」


ご馳走さまでしたー。


「食い終わったんかい!」


 トラブルは器をゴミ箱に放り投げ、ありがとうは消えましたと、手をパンパンと払う。


「本当、可愛げがないな」


 代表もビビン麺をかき込み、器をゴミ箱に捨てる。


 ソファーにドサッと座りながら、所在無さげに医務室を見回した。


……話をしに来たのでは?


「あー、まあ、そうなんだが。あまり俺は乗り気でないと言うか……トラブルが予測されると言うか……」


テオの事ですか?


「んー、それもあるが、それはまあ、年頃の男子の、なんて言うか、お前ならテオを裏切る事はないだろうし、まあ、反対はしていない。話というのはー、えー……」


 いつにない歯切れの悪さに、トラブルはイラッとする。


忙しいのですが。


「俺の方が忙しい。話というのはー……」


 イライラを通り越して怒りすら感じさせる雇い主に、犬歯を見せてにらみ付けた。

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