第168話 テオの死⁈


「今朝、不思議な事があって……チェ・ジオンさんの写真を見ていたら、急に頭の中に2人が倒れているのが見えて、で、チェ・ジオンさんの目が開いて、僕をにらみつけて来て……そしたら胸が苦しくなって……」


 テオは目をつぶり、胸に手をやる。


「ちょっとテオ! 大丈夫⁈」

「うん……」

「トラブルにもらった方が良いのでは?」


 ゼノはテオを支えながらバスタオルを渡して座らせた。


「ううん、トラブルには診て貰ったよ。大丈夫だから……ただ」

「ただ?」

「チェ・ジオンさんの……くやしいとか、残念な気持ちが僕の中に流れ込んできて今も残ってるんだよ。こういう気持ちって何て言うんだろう……」


「無念だ」

  

 セスが鎮痛な面持ちで言った。


「セス、どういう事なの?」


 ノエルが説明を求めるが、セスは、分からないと首を振る。


「俺の管轄外だ……」


「トラブルの家には幽霊が出るの? 僕、幽霊見たい!」


 ジョンはソヨンに言われた通りにバシャバシャと化粧水を叩き込みながら言う。


「ジョンは幽霊が怖くはないのですか?」


 ゼノは信じられないという顔をするが、化粧水でビシャビシャに濡れたジョンは、怖いかどうかは見た事がないので分からないと元気に答えた。


「それは、そうですが……」


 常識人を自負するゼノは、自分も見た事はないが幽霊は怖いものと相場が決まっている考えは、先入観なのかと頭をひねる。


 テオはジョンに首を振った。


「チェ・ジオンさんを見たわけじゃないよ。ただ感じたんだ」

「テオ、霊感強いもんね。子供の頃から見たり感じたりしてたよね?」

「うん。だからかなー、怖いと思った事はないよ。トラブルも生きている人間の方が怖いってさ」


「セス、大丈夫ですか?」


 ゼノは黙ったまま考え込んでいるセスの顔を見た。


 その顔は青ざめている。


「いや、あいつの周りには死んだ人間が多いなと思って……」

「チェ・ジオンさんとパク先生の事ですか?」

「あと、獄中死した義理の父親」

「セス、何が言いたいのさ」


 ノエルは不安な顔を見せる。


「……いや。テオが怖さを感じないのなら、チェ・ジオンは悪さしないさ。あいつを守ろうとしているのか、テオを試しているのか……」


 テオは真っ直ぐな目を向けた。


「トラブルと付き合うって事は、こういう事も全部引き受けないといけないって事だよね。僕、頑張る」

「あ、ああ……頑張れよ」


 テオの決心にセスは曖昧あいまいな笑顔で応えた。


「パク先生も出たりして〜」


 ジョンが手を前に垂らし、幽霊のポーズでテオに迫る。


「やめてよー。パク先生! ジョンに取り憑いて下さい!」


 テオがジョンに向かい、降霊術をするように合わせた手を上下に振る。


「それ、嫌だー!こっち来ないで〜!」


 逃げるジョンを追いかけ回すテオ。


「2人とも、足を滑らせないで下さいよ」


 ゼノはふざけて笑い合うジョンとテオに声をかける。そして「で?」と、セスに向き直り「何に引っかかっているのですか?」と、聞いた。


 リーダーとしてメンバー達を見て来たゼノは、セスが言いにくい言葉を飲み込んだと気付いていた。


「んー……いや」


 セスはチラリとノエルを見て、言葉を濁らせる。


「言ってよ、セス。気になる」


 ノエルにうながされ、重い口を開く。


「あいつに……トラブルに近づき過ぎると、テオも……あっち側の人間になってしまわないかと……」

「テオが死ぬって言うの⁈」

「セスらしくない発言ですね」

「違う! チラッとそんな考えが頭をよぎっただけだ」

「チェ・ジオンさんがテオを連れて行ってしまうって事でしょ⁈」

「いや、だから、チラッと思っただけで根拠もないし……冗談だと思ってくれ」

「テオが死んだら、どうしよう!」

「ノエル、落ち着いて下さい。根拠はないとセスは言っているでしょ。大丈夫ですよ」

「でも! セスの言う事は、いつも正しいし!」

「ノエル、大丈夫ですよ。そんな事にはなりません。いいですね?」


 ゼノはノエルの両肩に手を置き、目を合わせて説得する様に言う。


「うん、でも……」


 落ち着きを取り戻しても不安は消えない。


 いつの間にか降霊術ごっこに飽きたジョンが、話を聞いていた。


「テオー。テオが死ぬかもって話、してるよー!」


 ジョンが悪気なく無邪気にテオを呼ぶ。


「ジョン!」


 ノエルの真剣な表情を見て、マジなやつ?と、ジョンの顔が引きつった。


 テオはいったい何事かと歩み寄る。


「僕が死ぬかもって、なに?」

「いえ、チェ・ジオンさんがテオを連れて行ってしまうかもと、セスがノエルを脅したんですよ」

「脅したつもりは……だから、冗談だって」

「冗談に聞こえなかったよ……」


 ノエルの赤くなった目を見て、テオは優しく、しかし、ハッキリと言う。


「チェ・ジオンさんが僕を連れて行こうとしても、トラブルが止めてくれる。そうでしょ? セス」

「ああ、必ず。チェ・ジオンはあいつが嫌がる事はしない」

「ね? 大丈夫だよ。ノエル」

「うん……」


 テオはノエルの肩を優しく抱きしめた。


(2人が逆転したみたいですね……)


 ゼノがそう感じた時、ジョンが派手なクシャミをした。


「はい、皆んな、服を着ましょう!」


 ゼノは手をパンっと叩く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る