第359話 バカって何回言う⁈


 少年達は、ゲームセンター内でプリクラを撮っていた。


 ハン・チホはトラブルからメールを受け、皆に気付かれない様に居場所を返信して知らせた。


 トラブルは店内でハン・チホら練習生を探す。


(いた……)


 指をパチンと鳴らすと、ハン・チホだけがトラブルに気が付いた。


 皆が、自分の写真を盛る遊びに夢中になっているのを見計らい、ハン・チホはポケットからレシートを取り出す。


 トラブルは、その手の動きに気付き、ハン・チホに近づいた。


 すれ違いざまに素知らぬ顔で、レシートを受け取る。


 そのまま、足早に店の外に出て、電柱の影でレシートを広げて見た。


(シューズショップ……4足も……えっと、この店はー……あそこか)


 トラブルは靴屋に入り、レシートを見ながら、彼等が買ったスニーカーの写真を撮った。


 レシートの写真と共に、代表に送信する。


 練習生達は、そうとは気付かずにトラブルに見守られながら買い物を楽しみ、カフェで昼食を取り、カラオケ店に入って行った。


 トラブルはカラオケ店の写真を代表に送る。


(ところで、私は何時間立っていればイイんだろう。そろそろ、疲れて来た。お腹空いた……)






 その日の早朝、練習生達がチョ・ガンジンと買い物に出掛ける前、トラブルは代表と一緒に、宿舎の前で車の中にいた。


「奴が出て来たら、尾行しろ」


バイクではダメなのですか?


「奴は足を持っていない。金が入って出掛けるなら地下鉄かバスだ」


タクシーに乗られたら?


「その時は、お前もタクシーに乗ればいいだろ。頭を使えよ」


で? 尾行してどうするのですか?


「奴の素行調査をしろ。いつ、どこで、何をしていたか……写真を撮って、その場で報告しろ。特に金の使い道をつかめ」


もし、バレたら?


「バレるな」


それがアドバイスですか⁈ 徒歩でなんて、振り向かれたら、即、アウトですよ!


「距離が肝心だ。人混みでは近づき、見失わない様にする。人気ひとけのない場所では距離を取る。相手が走り出しても不用意に追い掛けるな。見失ったら探さずに中止する。基本だぞ」


(この人は昨日から、何の基本を言っているんだか……)


 トラブルは目をくるりと回した。


「おい、出て来たぞ。4人も一緒だな。ほら、伊達メガネを着けて行け」


どうも……本当に1人で、やるのですか?


「俺は忙しいんだよ。ほら、見失うぞ。行け」


 代表は犬を追い払う様にシッシッと手を振る。


(いつか、ブン殴ってやる)


 トラブルは代表の車を降りた。


 受け取った伊達メガネを装着し、チョ・ガンジン達の後を追った。






 カラオケ店の向かい側の路上で、トラブルは眩暈めまいに襲われていた。


(あー、マズい。座ろう……目立つかなぁ。いや大丈夫か。人出が多くて助かった。カラオケって、1、2時間は出てこないんじゃないのか? ちょっと、コンビニに行ってもいいのかなぁ。あそこの、カフェからも見張れるけど……ああー、基本が分からん)


 トラブルは頬杖を付いて道端に座り、カラオケ店を見上げていた。


 不意に横に男が座った。


 驚いて見ると代表がサングラスをずらし、上目遣いでトラブルを見ていた。開口一番、イライラさせられる。


「何、座り込んでんだ。目立つぞ」


そのサングラスの方が目立ちますよ。


「対象は?」


対象って?


「チョ、ガンジンに決まってんだろ! バカかっ」


チョ、ガンジンは先程のバーにいると思いますよ?


「はぁ? お前はここで何してんだ?」


そこのカラオケ店に、練習生達が……


「練習生を追ってどうするんだよ! チョ・ガンジンを見張れよ。バカっ!」


あ、ああー……そうですね。そうでした。


「そうでしたって何だよ。バカ」


未成年者を見守る方が優先かと。


「目的はチョ・ガンジンの素行調査だろ! 目的を忘れてどうするんだよ! バカ野郎!」


声が大きい。すべての語尾にバカを付けないで下さい。


「……顔色が悪いぞ」


あなたに怒鳴られたからですよ。


「ハ! チョ・ガンジンを見失ったから帰るぞ」


まだ、あのバーにいるかも知れませんよ?


「いないかも知れないだろ。閉店まで見張る気があるのか?」


ありません。


「じゃあ帰るぞ。裏に車を停めてある」


練習生達は? 放っておいて大丈夫ですか?


「あいつらに何かあったら、チョ・ガンジンの責任を追及出来る。放っておけ」


最低です。


「お前と医務室で会う時間までには帰るさ。行くぞ」


 トラブルは、まったく……と、首を振りながら立ち上がる。案の定、眩暈めまいを強く感じた。


 顔をしかめるトラブルの腕を代表がつかんだ。


「立ちくらみか? おぶってやろうか?」


(死んでも、お断り……)


 トラブルは代表の手を振り払い、車に向かう。


 後部座席に横になり、足を上げて窓に押し付けた。


「こら! 靴を脱げ! 高級車だぞ!」


 トラブルは薄目で代表をにらみながら、ブーツを脱ぎ捨て、足を上げてフーッと一息付いた。


「お前、どこか悪いのか?」


 代表はエンジンを掛けながら聞いた。


 横たわるトラブルは返事をする気力もない。


(お腹が空いただけです……)

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