第360話 ユミちゃんラーメン


 会社駐車場に到着し、トラブルは後部座席から降りる。


 代表の高級車の車体に思いっきり指紋を付けながら、ゆっくりと立ち上がり、軽い眩暈めまいと戦いながら医務室に入った。


 医務室では、ユミちゃんがラーメンを作って待っていた。


 トラブルはソファーにドサッと横になる。


「トラブル、お帰りー。ちょっと、大丈夫?」

「お、うまそうな匂いだな。料理出来るんだな」

「お昼を準備しておけって、代表の命令でしょうー。ねぇ、トラブル具合悪いの?」

「道端でしゃがんでいたから立ちくらみだろ」

「何でトラブルをしゃがませるのよー。ご飯食べられる?」


 トラブルは、大丈夫と言いながら体を起こす。


 ユミちゃんは心配して隣に座り、体を支えた。


「代表、ラーメンを取り分けて。ほら、そこに器があるから」

「俺がやるのか⁈」

「1番働いてない人がやるの! 朝からコキ使われて、トラブル可哀想〜」

「お前なー」

「早くやる!」

「はいっ。ったく……」


 代表は文句を言いつつも、ユミちゃんが作ったラーメンを3人分に取り分ける。器に箸を乗せ、テーブルに運んだ。


 トラブルは立ち上がる。


「トラブル、どうしたの?」


手を洗います。


「何?」

「手を洗うとよ。いただきまーす」

「こら! 代表も手を洗いなさい!」

「あ?」

「外から帰って来たら、手を洗うものでしよっ」

「ああ、はいはい」


 代表はユミちゃんに言われ、トラブルとすれ違いにキッチンで手を洗う。


 トラブルは首を回しながら、ソファーに座った。


(うん、大丈夫だ……)


 両手を合わせ、いただきますと、食べ始めた。


「どう? 美味しい?」


 ユミちゃんがトラブルの顔をのぞき込む。


うまいぞ」

「代表には聞いてない!」


 トラブルは吹き出しそうになりながら、うなずいて見せた。


「良かった〜」


 ユミちゃんはトラブルの肩にしだれ掛かる。


「おい、ユミ。イチャついていないで報告しろ」


 ズズッとラーメンをすする代表をひとにらみして、ユミちゃんは自分の仕事の報告をした。


「全身が見れたわけじゃないけど、昨日と今日の感じだと、あざや傷のある子はいないわね。ただ、スネに内出血があってもレッスンで付いたのかも知れないし、判断は難しいわ。皆んな、来月のテストに向けて必死だから。今日、まるたいのグループの子は来なかったわよ」


まるたい?


「何? トラブル」

「まるたいってのは、対象の『対』の字を○じるしで囲んで、そう言うんだ。刑事ドラマなんかで、よく言うだろ」


テレビを見ません。


「あ、そうですか。チョ・ガンジンは練習生を連れて買い物に出たんだよ。今日はレッスンを休みにした様だな」

「そんな事、勝手にやっていいの?」

「本当は俺の許可を取ってからだが、実際はマネージャーに任せている」

「ようは、放置しているって事ね」

「人聞きの悪い言い方をするな」


 顔をしかめる最高責任者を軽く無視する。


「トラブルー、チョコレートケーキも買ってあるのよ〜。代表、お皿洗って」

「お前! 俺は会社代表だぞ⁈」

「だから、何よ。私が作ったんだから食べた人が洗いなさいよ」

「こいつも食べただろ」

「トラブルは休んでいてイイのよ〜。社内に信頼出来る人が私達しかいないクセに、何を威張ってるんでしょうねー?」


 トラブルは上を向いて笑いながら、器を持って立ち上がる。代表とユミちゃんの器も手早く洗った。


「いや〜ん。トラブル優しい〜。はい、ケーキ食べて〜」

「俺のは」

「そこ。食べたければ食べれば?」

「ユミ! お前、 二重人格なのか⁈」


 トラブルは腰を曲げて大笑いした。


 チョコレートケーキを置いて、手話で質問をする。


今後の予定は?


「今日は奴は酒を飲んだし、もう動かないだろうな。ハン・チホが来たら、チョ・ガンジンの様子を聞き出しておいてくれ。明日は学校があるから、ユミの出番は午後からだ。今日みたいに練習を見る振りをして、不自然に体をかばう子供がいないか目を光らせろ。お前は、早朝にチョ・ガンジン宅を見張れ。今日の様に尾行して報告しろ。俺が奴を揺さぶっておく」


揺さぶるとは?


「そうだな……とにかく、早く金を使わないと損だと思わせる」


なるほど。明日は何時に交代に来ますか?


「交代? 何の話だ?」


1人で一日中見張れと⁈ 無理ですよ!


「だから、水と食い物とスマホのバッテリーを持って、上着2着を時々着替えつつ、帽子やマスクの色を替えるんだろうが。簡易トイレとは言わないが」


無理です。


「奴が家を出ないかも知れないし、バーに入ったきりになるかも知れないだろ。やってもいない事を無理と言うな」


えー……


「えー、じゃない! 俺は仕事に戻るぞ」


 代表は医務室を出て行った。


 ユミちゃんはトラブルに同情の目を向ける。


「トラブル、可哀想〜。興信所とかに頼めばイイのにね〜。本当、代表はケチなんだから」


 トラブルはソファーに横になった。 


(疲れた。半日の尾行でこんなんじゃ、明日が思いやられるな……)


 トラブルは目をつぶった。


 ユミちゃんは、その寝顔をうっとりと眺める。


 熱い視線を感じ、トラブルは薄目を開けて見た。


「んふっ。襲わないから安心して寝て」 


(全然、安心出来ませんけど……)


 トラブルはユミちゃんに背を向けて眠った。

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