第149話 帰れ


 部屋が暗い。


 テオはトラブルの前に座りコンビニの袋からビールと甘いカクテルチューハイとシャンパンを取り出した。


「ケーキにはシャンパンかなーと思って。トラブルは甘いお酒なら飲めるかなぁ」


 テオは食器棚にグラスを取りに行くが、マグカップが一つあるだけだった。


「あー、紙コップも買ってこれば良かったよ」


 振り向いて言うが、トラブルは身動きもせずテオを見ていた。


「トラブル?」


 トラブルはゆっくりと手話をする。


もう、帰った方がいいです。私は自分の事ばかり考えていました。私が平気なら、あなたも大丈夫だろうと。


「何の事?」


ここは、私の婚約者だった人の家です。私は彼の事ばかり話していました。久しぶりに彼の話が出来て浮かれ過ぎていました。聞きたくなかったですよね。ごめんなさい。もう、帰った方がいい。


「ち、違うんだよ。僕、写真を見ていたら何か気分が悪くなって来て。でも、チェ・ジオンさんの話は嫌じゃないよ。もっと知りたいくらいなんだ。でも、なんだか説明出来ないけど……きっと、僕の問題なんだよ。いつも、僕は皆んなに助けてもらっていて、自分の気持ちが分からなくなるとノエルと話したくなってしまうんだ。だから、帰りたいみたいな顔してたと思うんだけど、一人で行動しているのも始めてで、僕は何かに引っ掛かると全部ダメダメになってしまって、いつもゼノに叱られるんだけど、で、えーと……」

  

 テオは精一杯、自分の気持ちを吐き出そうとする。しかし、自分でも分からない感情は説明のしようがない。


「トラブル大好きだよ! この家も大好きだ。今日を台無しにしてごめん。なんでこんな事になったのか、やっぱり今ノエルと話したいと思ってる。だから……帰るね」


……送って行きます。


 トラブルは部屋の電気も点けずに上着を羽織る。


 テオはお酒を「今度、来た時に飲むよ」と、冷蔵庫に入れた。トラブルは答えず、無言のまま階段を降りて行った。


 階段下のスイッチで1階の明かりを灯し、帽子をテオに返す。 


「トラブルにあげるよ。また、使うかもしれないからこれも置いておいて」


 自分の帽子も差し出すテオ。トラブルは受け取り玄関横の棚に並べて置いた。


 バイクのエンジンを暖める。


 テオはヘルメットをかぶりながら明かりの灯る家を見上げた。


「キレイだね。トラブル」


 トラブルはエンジン音で聞こえないのか、返事をしない。


 テオは神妙な面持ちのまま、バイクの後ろにまたがった。


 バイクはイライラしたエンジン音をさせて青い家をあとにする。






 宿舎では、ノエルが買い物の結果を話していた。


「カロスキル(街路樹通り)をうろうろして来たんだー。新しい店が増えてたよ」

「お土産はー?」

   

 ジョンが袋をのぞく。


「あるよー、ジョンにはこれでーす!」

「香水?」

「アロマのお店が出来てて、皆んなに買って来た。服に付けてもいいし、部屋の香りにしてもいいよ」

「えー、スニーカーが良かった」

「そろそろ、大人のたしなみを身に付けてみなよ。ゼノにはこの香りにしたよ」

「わぁ、カッコいいボトルですね」

「でしょ? 飾ってもいい感じでしょ?」

「大人っぽい香りですね」

「うん、メンバーのイメージを話して店員さんに選んでもらったんだ。超可愛い子でさ、他にお客さんいなかったから話が弾んじゃったよー」

「番号ゲットした?」

「そこは、ほら。一応芸能人だし? ガツガツしたくないし? さらりと、スマートに後ろ髪を引かれながら店を出ました」

「スマートじゃないじゃん」

「ゼノ達は?」

「すごい人、人、人。ジョンはジッとしてないし、スマホで狙われ続けるし疲れました」

「楽しかった!」

「本当、それだけが救いですよ」

「いっぱい買った!」

「そのゲームの量、一年分くらいありそうだね」

「睡眠時間を割いて攻略します!」

「一日一時間ですよ」

「そんなぁ〜」

「セスは?」


 ノエルがところでと、思い出す。


「まだ、会社みたいですよ。寿司の出前を頼んでおけとラインが来ていました」

「ふーん」


 ゼノは幼馴染のノエルと離れて単独行動をしているテオを心配していた。


「テオは上手くやってますかね?」

「上手く一発やってるかなぁ」

「こらっ、ジョン!」

「ごめんなさ〜い」

「テオの分は考えなくていいよね。帰ってこないかもだし。えーと、何にしようか」


 ノエルは寿司の出前メニューを見ながら言う。


 ガチャ


 玄関の開く音にノエルは玄関に向かって叫んだ。


「セスー。ちょうど良かったよ。今から出前頼むけど、どれがいい?」


 返事もなく、入って来る気配もない。


「セス?」


 ノエルが玄関をのぞくとテオが立っていた。


「テオ! どうしたの⁈ 早くない?」


 テオは無言のままノエルに倒れるように抱き付いた。


「何か、あったの? とりあえず部屋で話そう」


 リビングでゲームを広げていたゼノとジョンもテオの早い帰宅に驚く。


 しかし、テオは2人の顔も見ないで部屋に入ってしまう。


 ノエルは何かを言いたげに腰を上げるゼノを制止して、自分が話すと、ジェスチャーをしてテオに続いた。


 テオは床に座り込んでいる。


「テオ、話してごらんよ」

「うん……あのね、始めは順調だったんだよ」

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