第23話 台湾コンサート2日目・その2

 

 テオのスマホを見ると、画面の中のノエルの部屋には、すでにゼノが来ていた。


 廊下でスタッフの声がする。


 スマホの中のノエルが『次は誰だ?』と、迎え出て『テオが来ましたー』と、ハグをしている。

 

 ファンが生放送でお気に入りのアイドルを見る事の出来る人気のアプリだが、トラブルは始めて視聴した。


 水を一口飲み、食事を始めようとしてナイフとフォークが見当たらないと気付いた。


(テオが持って行ってしまった。箸はどこだろう…… )


 画面の3人は雑談を始め、3人で話しながらもファンへの説明を忘れずに進行させていた。


『テオのワゴンでかくない?』

『うん、2人分だから』

『2人前頼んだの?』

『ううん。同室のスタッフさん分。部屋に置いてきた』

『ああー』

『テオは手違いでスタッフと同室になってしまったんですよー』

『この部屋ずるい。広い。僕の部屋はこの半分くらいだよ』

『半分って事はないでしょ』

『クローゼットもこーんなに小さい』

『2人分は入らないの?』

『ううん、そのスタッフさんは1枚しか上着がないから、ほとんど僕の』

『それ、全部って言うの』

『さあ、食べましょう。ステーキが乾いてますよ』

『あと、誰か来るかな?』

『セスは作業があると言ってました。あの人が1番、忙しいです』

『あれ。僕、スタッフさんのフォークも持って来ちゃった』

『お箸で食べるんじゃん?』

『この部屋、お箸があるの? 僕の部屋にはないよー』

『本当に手違いの部屋なんですねー』

『ちょっと届けて来ます』


 そう言って、画面からテオの姿が消えた。





 部屋のドアが開いた時、トラブルは指でチキンをつまみ、上を向いて口に放り込んでいた。


 もぐもぐと口を動かしながらテオを見る。


 テオは「お行儀が悪い!」と、一言いい、フォークを置いて出て行った。


 画面にテオが戻る。


『手で食べてた』

『は?』

『チキンを手でつまんで、こうやって食べていました』

『マジで?』

『ここに来る前に、スタッフさん分の料理を置いて来たんですけど、デザートが2人分一皿に乗っていて、スタッフさん分をどこに取り分けようかと思ってたら、その方、手づかみでパクッと食べちゃったんです』

『手づかみ⁈ 大胆というか大雑把と言うか』

『大雑把です。大雑把な大道具さんです』

『あははー』


 雑談は続く。


 トラブルは食事を終え、手を洗って本とノートを開いて鉛筆を握った。


 スマホからは賑やかな声が聞こえる。


 ジョンも参加したようだ。


 スマホのボリュームを下げて本に集中する。


 集中…… しようとするが、耳はメンバー達の声を拾っていた。


 さらに賑やかになり、見るとセスも来ていた。


 プライベートを切り売りしているとの声もあるが、彼等に限っては強制はされていない様だった。


『この、でかいワゴン誰のだ?』

『テオのです』


 また、同室の大道具スタッフの話しをしている。初の台湾コンサートの感想で盛り上がり、アンニョンと、約1時間のLiveを終了させた。


 廊下が騒がしくなる。スタッフがメンバー達のワゴンを回収しているようだった。


 テオが部屋のドアを開けながら、お皿が…… と、廊下のスタッフを呼び止める。


 トラブルが自分の皿を持って出ると、メンバー全員がドアの外に立っていた。


 テオがその皿を受け取り、スタッフに渡す。


 トラブルが部屋に戻ると、なぜかメンバー達が付いて入って来た。


 トラブルは無表情のままテーブルに向かい、本に視線を落とした。


 テオが「Live見た? 同室のスタッフさんって、上手い言い方だったでしょ」と、腰に手を当てる。


「嘘じゃないしね」と、ノエルが微笑んだ。


「テオにしては、上出来だ」


 珍しくセスが褒める。


「は、ってなんですかー」

「考えない、考えない」


 トラブルは聞こえていない様に無反応だった。


「テオのスマホでLiveを見ていたのですか?」

「アプリが入ってないと思ってさ。僕のスマホを置いてったの。トラブルはいつも1人で、ご飯をしてるから一緒に食べて欲しかったんだー」


 自分の話をされているにもかかわらず、トラブルは無表情で本を読み続けていた。


「皆んなで、何かしようよ」


 テオが手を広げる。


 しかし、テオ以外はトラブルの帰ってほしいオーラに気が付いた。


 テオは気付いているのか、いないのか。


「トラブル、遊びましょうよ」


「ねーねー」と、テーブルにあごを置き、ガタガタと揺らす。


 トラブル、無視。


「おい、帰った方がいいんじゃ……」

「トラブルは時々こういう時があるんですよー。ねえったら、ねぇー」

「それは、嫌だからだ。嫌だと意思表示しているんだ」


 セスがテオに言う。


「だったら、そう言えばいいじゃないですかー」


 テオのテーブルガタガタが激しくなり、トラブルは本が読めなくなるが視線を上げない。


「テオ、やめろ」


 セスは止めるが、トラブルの無表情な顔を下から覗き込みながら、テオは面白くなって来たのかガタガタを止めない。


「おいっ」


 セスの声が厳しくなる。


「やめろって言ってんだろ!」


 セスがテオの肩をつかもうとしたその時、無反応だったトラブルがセスを制止した。


 そのまま左腕でテオの頭をヘッドロックする。


「⁈ 」


 テオは声も出せず、トラブルの腕と脇に挟まれてジタバタと暴れる。しかし、腕は緩まない。


 トラブルは右手で鉛筆を持ち、ノートに書き取りを続けた。左脇にテオの頭を抱えたまま。


 テオはトラブルの背中とテーブルを叩いて唸り声をあげた。


「んー!んんー!」

「ギブアップしてるよー!」


 ジョンとノエルが大笑いをする。


「ごめんなさ〜い」


 テオの情けない声でさらにゼノも堪えきれずに笑い出した。


 トラブルはテオの頭を床に放り投げ、テオは無様に床に転がった。


 その拍子にトラブルのノートが落ちた。


 ゼノはノートを拾い上げながら「英語の字も綺麗ですね」と、渡す。


 ノートの主は無表情のまま、頭をペコッと下げて受け取った。


 ノエルはテオを助け起こし、笑いながら洋服を払ってあげる。


「手話に検定があるのですか?」と、ゼノがノートを覗き込んだ。


 トラブルはゼノが、英語が読める人だったと思い出し、ノートの隅に英語で返事を書く。


『あります。1級の試験勉強をしています』


 ゼノが英語でトラブルに聞く。


『トラブルは今、何級ですか?』


 トラブルは英文で答えた。


『私は2級です』

『すべての言語の手話は、共通点が多いですか?1言語覚えれば、あとは覚えやすいとか』

『いえ、全く違います。イギリス手話はアメリカ手話者に通じません』

『本当ですか⁈』

『手話は日常の動作が元になっている動きです。なので習慣が違えば同じ意味でも動きは変わります』

『その国の生活習慣が身についている人が覚えやすくなっているのですね』

『そうです』

『トラブルは手話通訳者なのですか?』

『いえ、私は言葉が発せられないので通訳の仕事は出来ません。文章に起こす仕事は出来ます』


「ねえ、2人で英語で話すの止めてくれない?」


 ノエルが苦笑いを向ける。


 ゼノはお構いなしに英語で質問をした。


『試験はいつですか?』

『明後日です』

「え! お邪魔してすみませんでしたー」


 突然、リーダーのゼノが韓国語で頭を下げるのでメンバー達は驚く。


「テストは明後日だそうです。帰りますよ。テオ、これ以上、邪魔をしてはいけませんよ」


 ゼノが皆を部屋から追い出す。


 ふと、トラブルはセスと目が合った。


 軽く会釈し合う。


 ジョンが「テオ、僕の部屋で寝ても……」と、言いかけて、今度はノエルに口を塞がれ出て行った。





 テオは、ヘッドロックされた頭をさすりながらベッドの上でプーとふくれていた。


 トラブルは、ちらっと横目でテオを見て、しかし何も言わずにバスルームに入って行った。



 シャワーを終わらせ部屋に戻ると、テオはすでに夢の中だった…… 。






《あとがき》

 寒くなって来ました。皆様、手洗い・うがいをしっかりとしましょー。

 ヌンは腰痛に加え、最近膝も痛いですわ。ババァですわ〜泣

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