第22話 台湾コンサート2日目・その1


 マネージャーのモーニングコールで目覚める。


 テオが起き上がると、トラブルは本を広げて勉強をしていた。


「トラブル、寝ていないの?」


 テオの問いに首を振り、自分のベッドを指差す。布団は乱れていた。


「朝ご飯は?」


 食べましたと、指でOKを作る。


「あー、すごく良く寝ました」


 テオはベッドを降りて軽く枕と布団を整え、バスルームに向かう。


 歯磨きをしながら部屋へ戻り、クローゼットを開けて、何を着ようかなぁと、鏡の前で洋服をあてて見た。


「どっちが、いいと思います?」


 トラブルは本から目を上げない。


「このシャツ、あげましょうか?」


 トラブルは答えない。


「僕だけ喋ってるの変じゃないですか」


 完全に無視。


 テオはプーと、頬を膨らましてバスルームへ着替えに行く。


 身なりを整えて部屋へ戻ると、トラブルはすでにいなかった。






 朝食のラウンジではメンバー達が待ち構えていた。


「で、どうだったの?」

「何を話しましたか?」


 うーんと、テオは考える。


「寝る前に英語の勉強しててー、起きたら勉強してた。なんか、手の絵がいっぱい書いてある英語の本」

「なんなのそれ」

「一晩中、勉強していたって事ですか?」

「ううん、寝たって」

「トラブルが寝たのか、知らないの?」

「うん、僕が話しかけたら、マッサージして寝かしつけられちゃった」

「例のマッサージかー」

「いいなぁ」

「で、何話した?」

「トラブル話せないし」

「そういう意味じゃなくて!」

「僕のクリーム塗ってあげたら、トラブルのクリーム塗ってくれて…… ありがとう、どういたしまして…… した」

「クリームの塗り合い?」

「んー、ううん」

「違うのですか?」

「さっぱり、分からない!」


 メンバー達が、だぁ!となっている所に、マネージャーが出発時間を知らせに来て、話しは終わった。





 昼に台湾総統から歓迎を受ける。


 ランチは非公開だが雑談している様子や握手をする場面は公開される。


 代表もその時間に合わせて台湾入りをした。総統と握手を交わし、しっかり宣伝して満足気だ。


 そのまま会場入りする。もちろん代表も一緒だ。





 トラブルは朝から会場の掃除をしていた。


 客席は夜中に会場と契約している清掃員が入るが、舞台上や舞台の階段、裏の通路などは、こちらの仕事だ。


 掃除の後、バミ貼りを直したりと、やる事は山ほどある。


 腰の工具ベルトにゴミ袋をぶら下げ、片手にバケツ、片手にモップを持つ姿を見て、代表は大笑いした。


「お前、専属看護師よりこっちの方が似合ってるじゃないか」


 笑いが止まらない代表。


 トラブルは返事をせずに、いつもの無表情で仕事を続けた。





 開場時間が訪れる。


 ファンの熱気が楽屋にも伝わって来た。


 メンバー達はいつもの様に円陣を組んで気合いを入れる。


「ケガをしないように」

「集中して」

「楽しもう!」


 割れるような歓声と光の中へ飛び込んで行く。





 大きな問題もなくコンサートは無事終了した。速やかにホテルへ帰る。


 明日は昼公演なので、夕飯は各自ルームサービスで済ませ早めの就寝を指示される。


 メンバー達はなぜだかテオの部屋に付いて来た。


「トラブルいませんね」

「バスルームにもいないよー」

「ジョン、何を期待したの?」

「へへ」

「まだ、会場だろ」

「分かってて何で来るの」

「これか英語の本。何の本だ?」


 英語を話せるゼノが手に取る。


「これは手話の本ですね」

「トラブル、手話出来るじゃん。なんで?」


 セスが説明をした。


「手話は、各言語あるんだよ。言葉と同じ数だけある。英語・日本語・韓国語とかな」

「そうか。でも、英語で書いてある本を読んでるって事はトラブルは英語が読めるって事だよね?」


 ノエルはゼノを見る。


「しかも、上級検定試験対策の本ですね。試験勉強しているのかもしれません」

「英語自体はわかるって事だね」

「僕、試験勉強の邪魔してたんだ」


 テオがショックを受けていると「ルームサービス頼んだら、僕の部屋でLiveしようよ」と、ノエルが言い出した。


「うん、やろう。後で行くね」


 各自、部屋へ戻る。


 テオがシャワーを済ませ、ルームサービスのメニューを見ていると、トラブルが帰って来た。


「ご飯食べました?」


 いいえと、首を振るトラブル。


「今、電話する所なので、頼みますか?」


 うなずいて、メニューを受け取る。


 テオが受話器を耳にあてながら、トラブルに手招きをした。


 メニューを指差している。


 見ると、チョコレートケーキを指して「食べる?」と、目で聞く。


 小さくうなずくトラブル。


「チョコレートケーキ2つも」


 トラブルの分も注文して受話器を置いた。


「ノエルの部屋で食事をしながらLiveをする予定です」


 トラブルは上着を脱ぎ、椅子にかけ…… ようとして、テオをチラッと見る。ハンガーに掛けてクローゼットにしまった。


「この英語の本、読んでいいですか?」


 どうぞと、トラブル。


 テオは本を開き「これは、手話ですか?」と、聞く。


 トラブルは筆談で『これは、アメリカンサインランゲージと言います。アメリカ手話です』と、言う。


「へー…… 全然わかんない」

『初級の本なら、ABCの指文字から学べます』

「あ、セスが最近、手話の勉強をしているみたいですよ。前から興味があったと言っていました。韓国語だと思いますが」


 ドアチャイムが鳴り、ルームサービスが届けられた。


 ほかの部屋にも届いた様で廊下が騒がしくなっている。


 ワゴンからトラブルの分の皿だけテーブルに移す。すると、チョコレートケーキが1皿に2つ乗っていた。


 テオがどこに移そうか迷っていると、トラブルは手づかみでパクッと食べた。


「行儀が悪いですよー。デザートを先に食べたら、ご飯が入らなくなりますよ」


 スマホから、ノエルがLiveを始めた音がした。


 ワゴンを押しながら「行ってきます」と、部屋を出る。すると、すぐに踵を返して戻って来た。


 自分のスマホをテーブルに立て「これで見ていて下さい」と、言う。


 トラブルはテオを見て首を傾げる。


「一緒に食べて下さい。寂しくないでしょ?」


 テオは微笑んでワゴンを押してノエルの部屋に向かった。


(寂しいって……? 変な奴)


 閉まるドアを見ながらチョコレートの付いた指を舐める。




《あとがき》

 お疲れ様です。

 ◯Liveとは、アイドルの生放送を見られるアプリです。k-popファンには分かってもらえるかもー。

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