第24話 台湾コンサート3日目

 翌朝7時。


 テオがマネージャーのモーニングコールで目覚めるとトラブルはいなかった。


 シャワーを浴びてラウンジへ向かう。


 やはり、皆が先に来ていた。開口一番にテオは言う。


「トラブルは部屋にいなかったよ」

「トラブルなら走りに行ったよ」

「朝のジョギングかー、気持ち良さそう」


 そんな会話をしていると、少し肩で息をしながらトラブルがラウンジに入って来た。水を取り、メンバー達の横を通る。


 テオが「チョコレートケーキあるよー」と、皿をあげると、トラブルは1つ指でつまみ、口へ放り投げた。


「お行儀が悪い!」


 そう言うテオに、何か手を動かして眉間にシワをよせ、離れて行く。


「なんて?」

「甘すぎるとさ」


 セスが手話を通訳した。


「おー、勉強の成果が出ていますねー」


 ゼノがからかうように言う。


「少し本を読んだだけだ」

「また、また、また〜」

「やっぱり、1人で食べてる……」


 テオの視線を無視して、トラブルはさっさと食事を済ませ出て行った。


 スタッフ達は、テオとトラブルの事が気にかかる。メンバーの会話に耳をすますが、何も起きていないようだった。


「相手がトラブルだもんなぁ」

「色っぽい雰囲気には、ならないわなー」

「もう、ちょっと女らしい格好すればいいのに」

「夜の10時頃にパク先生の部屋から出てくるの見ましたよ」

「あ、それ、寝る前のインスリン打ちに来ているんだって、キムさんが言ってた。パク先生はトラブルがいないと、お酒を飲んだり、薬を飲まなかったりするんだって。キムさんの言う事聞かないみたい」

「苦労してるねー」





 トラブルは会場へ向かう。


 清掃員の掃除を手伝いつつ自分の仕事も行う。久しぶりに走ったからか体が軽く感じた。


 昼、メンバー達の会場入りに合わせて代表も一緒に現れた。


 代表がマイクを持って挨拶をする。


「最終日です。本日は総統の身内の方々もいらっしゃいます。本当にお疲れとは思いますが、夜は、お楽しみの打ち上げ兼忘年会です。今年は、例年と違う趣向を凝らしていますので、今日を事故の無いように頑張って下さい」


 台湾で忘年会ってだけでも特別なのに、さらに趣向を凝らすとは? 会社の事務方やイ・ヘギョンさんの姿も見える。


 メンバー達は、ワクワクしながら周りのスタッフに聞くが、誰も詳細を知らなかった。


 滞りなくリハーサルを終わらせ、開場時間が訪れる。


 いつもの様に円陣を組み、気合いを入れるとオープニング曲が流れ始めた。


 終盤、テオが汗で足を滑らせ足首を痛めた。トレーナーがテーピングを施し、なんとか踊り切る事が出来たが、こういう時に居るはずのトラブルが見当たらない。


 イ・ヘギョンさんから痛み止めをもらい、アンコールまで笑顔でファンに応える事が出来た。





 例のごとく速やかにホテルに戻る。夜の公演と違い、ホテルはファンで囲まれていた。


 このホテルの1番の魅力は、裏から地下駐車場に入れ、部屋のある階までエレベーターで直接上がれる所だ。


 ロビーでファンに見つかる心配もない。


 メンバー達は部屋へ戻り、それぞれの時間を過ごす。テオは、メイクを落としシャワーを浴びて、足首を冷やしながら寝た。


 何時間寝ただろうか。外はもう、真っ暗だった。足首は痛まない。


 トラブルは帰って来ていないようだ。


 マネージャーから連絡をもらい、みんなと車に乗り込んだ。


 打ち上げの会場は、ホテル前の広い道路を高架でまたいだ向かい側にある。


 ホテルの結婚式にも使われている建物だった。照明や音響が整い、頼んでおけばバーやカラオケで二次会も行う事が出来る。


 1番広い宴会場に丸テーブルと椅子が並んでおり、メンバー達は会場中央のテーブルに案内された。


「結婚式みたいだ」

「何だかワクワクするね」


 前方には、幕は降りているが舞台があるようだ。


 代表はじめ事務局長や作曲家の先生など、お偉いさんが舞台前のテーブルに座っている。


 一応、打ち上げなので、来賓のような部外者はいなかった。


 周りを見渡し、いつもの気心の知れた仲間ばかりで安心する。すると、ノエルが「あ」と、指を差した。


 舞台の反対側の壁にテレビカメラが据えられている。


「?」と、思いつつ「気をつけよう」と声を掛け合う。


 部屋に入ったらカメラがあるか、または、録画しているかチェックするのが習慣になっている。いつ、どこで撮られているか分からないからだ。


 会場を見回していたテオが「トラブルがいないんだよ」と、ノエルに耳打ちをする。


「本当だ見当たらないね。機材スタッフもいなくない?」


 ノエルも首を伸ばす。


「ソン・シムさんは、そこのテーブルにいますよ」


 ゼノが教えた。


「席が空いているから、もう、来るんじゃん?」と、ノエルはテオをなだめるように言う。


「パク先生の隣も空いていますが」


 ゼノは言うが、セスは「パク先生の隣に座るか?」と、疑問を投げかける。


「立っている所しか見た事ない気がしますね。そもそも、こういう場には来ないのでは?」と、ゼノは腕を組んだ。


「俺もそう思う」


 セスがうなずく。





 司会のスタッフが開演を知らせた。


 飲み物が配られ、事務局長が今年の黒字報告を行い、職員とメンバー達をねぎらって乾杯の音頭をとる。


 コース料理が運ばれ、食事が始まった。


「トラブル、大丈夫かな?」


 テオはまだトラブルが気になっていた。


「機材スタッフもいないのが気になりますね」と、ゼノが同意する。


「テオ、電話してみれば?」

「僕、番号知らない」

「セス、知らない?」

「なぜ俺が知っている」


「ソンさんに聞いてくる」と、テオは席を立った。しかし、ソン・シムも知らなかったとすぐに戻って来た。


 司会が、今年の会社が表彰された内容やメンバー達の受賞内容を発表していく。


 その度に拍手がおこり、メンバー達は立って拍手に応えた。


 ふと、ノエルが気が付いた。


「メイクさんがテーブルにいない。ほら、2人しか座っていない」


 テオも言う。


「ソンさんのテーブル、ソンさんしか座っていないよ? 機材部ってソンさん入れて5人だよね? でも見て、5人分の椅子と料理が残っているよ」


 セスが低い声で言う。


「1つがトラブルの分だとすると、トラブルは機材スタッフといないって事になるな」

「代表に伝えた方がいいかもしれませんね。どこかでトラブルが起きているかも……」


 ゼノが代表の元へ行こうすると、司会が代表を呼んでスピーチが始まってしまった。


 その時、代表がおかしな事を言い出した。


「これから起こる事を、決して写真や動画に撮らないで下さい。ましてや、SNSにアップする事は禁止です。これらが発覚した場合は、二度と一緒には働けないと思って下さい」


 ざわつく会場内。


 いつの間にか現れたメイクのユミちゃん達が5人共、舞台の前に陣取っている。


 ユミちゃんら5人は、メンバーのファンが持つペンライトを持っていた。


「何、何、何が始まるの?」

「誰かくるの?」

「スペシャルゲストの登場です!」


 代表が声高に叫ぶと宴会場は暗転し、幕が上がって音楽が流れ始めた。

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