第101話 代表の説教


 数日後、ソン・シムの検査結果がイム・ユンジュ医師の元へ送られて来た。


 連絡を受けたトラブルは倉庫でソン・シムを探す。大道具の責任者であるソンは、スタジオで巨大なセットを組む若いスタッフに混じって汗を流していた。


「お、トラブル。手伝いに来たのか?」


 ソンは、これはメンバーの新番組のセットだと説明した。


 トラブルはパソコンに用件を打ち、ソンに見せる。


『検査結果が出ました。イム・ユンジュ医師の診察を受けて下さい。その後、症状はありますか?』

「いや、あの時だけで大丈夫だ。医務室に行くか?」

『忙しいなら、ここでも構いません』

「医務室に行くよ」


 ソンは若い衆に余計な心配をさせたくはなかった。


 2人でスタジオを出ると、入れ違いにメンバー達が入って来た。


「あっ、トラブル……」


 テオは手を振るが、トラブルは頭をペコッと下げただけですれ違う。その後ろからソンもメンバー達に頭を下げて通りすぎて行った。


 その素っ気ない態度にテオの口角が下がる。


「白衣だから仕事中なんだよ」


 ノエルがフォローを入れた。


「うわー、本物の家みたい!」と、ジョンがセットを見て叫ぶ。


 ぐっと大人っぽく洗練されたダイニングキッチン。リビングの横にはバーカウンターが設置されている。そして、個室が5部屋。


「玄関もあるよ」


 メンバー達はセットの玄関から玄関ホールへ進みリビングに入る。


「本当に一軒家みたいだ。この階段上がれるのかな?」

「上がれますが何処どことも繋がっていないので落ちないで下さい」と、大道具スタッフが言う。


 セスは、バーカウンターの中で上機嫌でアルコールの種類をスタッフに指名している。


「泊まれそうじゃん」


 ノエルの言葉にジョンが「いいねー。ゼノ、泊まろよー」と、ねだり始めた。


「照明を落としたら真っ暗闇ですよ」

「う、それは怖い」


「罰ゲームで泊まるのはアリだな」と、セスが腕を組む。


「一晩中、暗視カメラで見張られながら過ごすのはキツイですよー」


 ゼノが顔をしかめると「だから、罰ゲームなんだろ」と、セスはけろりとして言う。


「自分は絶対に罰ゲームを受けないと思ってるよ」

「セスにドッキリ仕掛けてって監督に頼もう」


 ノエルとジョンがヒソヒソ話すが、セスに「聞こえてるぞー」と、言われ笑いながら逃げ出す。


 個室を見ていたテオは「この部屋、好きなようにしていいのかな?」と、マネージャーを見る。


「はい、番組内で通販雑誌で注文してインテリアや雑貨を揃えて行きます」

「やった。黒で統一しよ」

「却下」


 突然、後ろから現れた代表が言う。テオは心臓が止まりそうなほど驚いて振り向いた。


 代表はマネージャーに「ちょっとテオを借りるぞ。テオ、ついて来い」と、スタジオ横の控え室に向かう。


 テオはメンバー達と「?」と顔を見合わせながら代表について行った。


 控え室に入ると代表は腕を組んだまま仁王立ちになる。


「ドアを閉めろ」


 こういう時の代表はお説教を始める時だ。


(僕、なんかしたっけ……)


「お前、トラブルに入れ込んでいるらしいな」

「!」


 テオは息を飲む。


「さらに厄介な事にトラブルもお前を気に入っているらしいな」

「それは、分かりません……」

「分からない?」

 

 テオは両親の次に代表を尊敬していた。


 代表だけは自分を“不思議ちゃん” や “変なヤツ” だと扱わなかった。なので、どんな言い方をしても変に取られる事はないとストレートに気持ちを言う事が出来た。


 その気持ちが、まだ芽生えたばかりの幼い感情だから余計にだ。


「はい、僕はトラブルが好きです。でも、トラブルはどう思っているか分かりません」

「まだ、何も始まっていないという事か?」

「はい」

「……そうか」


 代表は「うーん」と、考えながら椅子に座った。


「まあ、座れ」


 お説教モードが解除された。


「俺はタレントの恋愛に口出ししない主義だが、それは、いい仕事につなげられている時だけだ。少しでも仕事に支障をきたしたら口出しする。お前はよくやっているが、しかし、今回は口出しさせてもらう。テオ、トラブルはやめておけ。理由は……」

「好きだからですか?」

「は?」

「代表もトラブルが好きだからやめろって言うんですか。それは卑怯です。男らしくない。僕はトラブルに選んでもらうために努力しています。いい仕事をして尊敬出来る男になる為に頑張っています。代表もそうすべきです。トラブルが決める事です」


 一気に吐き出すテオを見て、代表はポカンと口を開く。


「お前、もの凄い誤解をして……まあいい。本気なのは分かった。確かにお前はいい仕事をしている。ただ、お前はトラブルを守れるか? 絶対にマスコミに嗅ぎつけられない自信があるのか? トラブルとは熱愛カミングアウトは出来ないぞ。人並みに手をつないで歩く事は、夢のまた夢だ。一生隠し通す覚悟はあるのか?」


 テオは拳を握る。


「犯罪被害者はずっと隠しておかなければ守れないのですか。もし、僕との事がバレて、誰かがトラブルの過去に気付いて騒ぎ出しても、僕とトラブルが平気だったら、それでいいでしょう。僕はトラブルのおかげで、いい仕事が出来ると胸を張ってファンに言います」


 始めて歯向かってくる主力商品の若者に、代表は務めて語尾を柔らかく諭す。


「お前は、あいつの何を知ってるというんだ。よく、考えてみろ。何も知らないだろ? 今は恋愛ごっこに目がくらんでいるだけだ。お前が知らない、あいつの過去をテレビや週刊誌で知る事になるんだぞ。2人の問題だけでは済まなくなる」

「……代表は何を知っているのですか?」


 思わぬテオのツッコミに狼狽ろうばいする。


「あ、いや『かも』だ。済まなくなるかもしれない、という意味だ」

「会社に迷惑をかける事になるなら僕は引退します。でも、信じて下さい。僕とトラブルは2人でいれば大丈夫です。代表の気持ちがトラブルに伝わっているか知りませんが……あれ? 代表、結婚してますよね?」


 はぁー……と、代表は深いため息をく。


「お前の本気と覚悟は分かった。もういい、戻れ」

「まだ、話しは終わって……」

「いいから、戻れ!」


 いつにない代表の強い言い方にテオは控え室を出て行った。


 代表はさらに深いため息をく。


「会社に迷惑どころか、国家に迷惑なんだよ……」





「あ、テオ。何の話だったの?」


 ノエルが駆け寄る。


「あのね……」


 テオが言いかけると代表が出て来た。メンバー達を見る事もなく、けわしい顔でスタジオを出て行った。


 セスが、自分達の控え室で話しをしようと、メンバー達を連れてスタジオを出た。


「医務室の前を通っていい?」


 テオは小さく言う。


 セスは無言のまま階段を上がり、2階の廊下を通って医務室に向かう。


 医務室のドアには診察中の札が掛けてあった。


「ノックしてみれば?」

「ううん、ノエル。仕事の邪魔はしないよ」


 テオはドアをそっと触り、そして離れた。


 全員で控え室に戻る。





 医務室の中では、トラブルがソン・シムの胸を見ながら頭を悩ませていた。

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