第102話 セスを許さない


  代表とテオが話をしていた頃、医務室ではソン・シムの遠隔診療が始まっていた。


『こんにちは。検査結果をお知らせします。まず…… 』


 イム・ユンジュ医師は頚部エコーでは問題なかったが心電図に不整脈が出ているので、今回の症状は心臓が原因と考えられる事、不整脈が治療の必要なものか判断する為、ホルター心電図検査を受けてほしいと説明する。


「はい、分かりました。お願いします」


 ソンはパソコンに向かい頭を下げる。


『では、あとはそこの看護師に従って下さい。検査結果が出る前に、また同じ症状が出たらすぐに看護師に伝えて下さい』


 トラブルは手話でイム・ユンジュと確認を行う。


『そうですね。血圧はいらないでしょう』


 診療は終わった。


 トラブルは検査センターから預かったホルター心電図の説明を行う。


「分かった。24時間付けるんだな。今からでも大丈夫だ。今朝、風呂に入って来たし。セットもひと段落したから家に帰って大人しくしてるよ」


 トラブルはメモを見せる。


『大人しくしていては、いけません。出来るだけ日常の生活をして下さい』

「お、おう。じゃあ普通に仕事してればいいんだな?」

『では、シャツを脱いで下さい。心電図を取りつけます』


 ソンがシャツを脱ぐと、胸に2㎝大の赤い丸が並んでいた。


 これは?と、驚いて指を差した。


「ああ、心電図のあのゼリーみたいなやつで、かぶれるんだよ。ほら、首のエコーの時のゼリーで首もかゆい」


 ソンは首を傾けてトラブルに見せる。両側が薄いピンク色になっていた。


「体質みたいだ。いつもの事だから、放っておけば治る」


(参ったな。24時間電極を付けたら、かゆいだけでは済まなくなるかも…… )


 トラブルはしばらく考えた後、薄いガーゼを5㎝角に数枚切り、皮膚にガーゼをあてて電極を乗せ、テープで留めていく。


 電極コードをまとめ、腰にベルトで心電図本体と固定した。スイッチを入れて正常に機能しているか確認する。


(よし)


 ソンに行動記録用紙を渡し、明日のこの時間に来るように伝える。


ソンは了解して仕事に戻って行った。


トラブルは自分の袖をめくり、心電図のゼリーを腕の内側につける。5分ほど待ってティッシュで拭き取るが赤くはならなかった。


(皮膚の弱いジョンには使えないだろうか…… ? 確かめない事には何とも言えないな)


 ゼリーとティッシュを持ってスタジオに向かう。





 自分達の控え室に戻ったメンバーは、テオの言葉を待つ。


「あのね、代表、トラブルの事が好きみたい。結婚してるのに」


「絶対、また、説明出来てない!」と、セスがドサっとソファーに座る。


「テオ、代表に何て言われたの?」

「トラブルの事、一生守れるのかって。絶対にマスコミから隠せるのかって。いい仕事をしていても2人の問題じゃ済まないって」

「それだけ?」

「えっと、僕が知らないトラブルの過去をテレビや週刊誌で知る事になるぞって」


 セスが前のめりになる。その顔は怖いほど真剣だった。


「具体的には何と言っていたんだ?」

「僕が会社に迷惑をかけるなら引退してもいいって言ったら黙っちゃった」

「テオ! 引退するって言ったの⁉︎」


 驚く幼馴染にテオは首を振る。


「ううん。もし、の話だよ」


 ゼノはセスに違和感を伝えた。


「代表が恋愛に反対するなんて、おかしいですよ。私の時は反対するスタッフを説得してくれたのに」

「ええー!」


 思わぬカミングアウトにセス以外が驚く。


 セスはその辺りの事情を知っているのか興味を示さなかった。ゼノの言う、違和感に同意する。


「ああ、おかしい。なあ、テオの言葉だから正確でないとしても、おかしいと思わないか?」


 セスはノエルを見る。


「うん、テオの心配じゃなくてトラブルの心配をしているみたい」

「トラブルの過去が明るみに出るのを恐れているんだ。クソッ、どうすれば調べられる? 知っていそうな人は…… イ・ヘギョンさんか。あと、パク先生に繋がっている人は…… キム・ミンジュ! トラブルが退院して来てから今までを全て知っているはずだ。俺達と出会う前の数年間にあいつに何かがあった。パク事務所の電話番号がネットに…… 」


 ブツブツと独り言のようにスマホを取り出すセスにテオは叫ぶ。


「セス、やめて! セス、お願いだから調べないで。代表が隠したいと思っているなら隠したままでいいよ。トラブルが言わないのなら聞かなくていい。僕は知りたくないんだ!」





 トラブルはスタジオでメンバー達を探していた。が、いない。


 スタッフが「ああ、控室に戻りましたよ」と、言う。


(あれ、すれ違っちゃったかー)


 トラブルはメンバーの控え室に向かう。





「テオ…… これはお前が思っている以上に大きな謎なんだ。パク先生が亡くなる前、テオとトラブルの写真を撮っただろ?(第1章第58〜66話参照)あの時、パク先生は報道されていない話をしていた。覚えているか? 『1本のナイフが2人をつらぬいていた』『トラブルは一度立ち去り、また戻って来た』どうして、パク先生は警察の調書にしか書かれていないような内容を知っていたんだ? あの事件には裏がある。パク先生も関わっているから公表されていない事実を知っていたんだ。そして、代表も関わっている。トラブルのフラッシュバッグの対処法を教えてくれただろ?(第1章第14話参照)あれは、トラブルが退院してから俺達と出会う前に関わっていた証拠だ。パク先生が亡くなって、今度は代表がトラブルの過去を隠すために雇った…… いや、トラブルの過去じゃない。トラブル自身を隠すため…… ? 見張るためか…… 」


 セスは自分の言葉に息を飲む。


「セス、聞いて。僕はセスみたいに頭が良くないけど、トラブルを思うだけで幸せなんだ。医務室で会うだけでいい。それ以上は望んでないし望まないよ。セスが調べたいなら調べればいい。でも、もし、それでトラブルがまた僕の前から消えるような事があれば…… 」


 テオの声は震えていた。


「僕はセスを許さない」

「テオ!」


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