第123話 平静でいられるか


 セスが見ているか確認もせずにトラブルは震える腕を動かす。


私が普通が何か分からないと知っているクセに……。


 セスにはトラブルが何と言ったのか手に取るように分かった。


「俺だって分からないさ。塩対応とか言われて、どうすれば良かったのか落ち込んで。今は、そのキャラが立っていると言われて、ますます分からなくなった。でも、結局何でもありなんだと思う事にした。『普通』は分からなくても『平静でいろ』なら、何となく分かるだろ? 『闇を見せるな』は、お前を否定したんじゃなくて『平静を装え』って事だ」


……ずっとですか。


「ああ、ずっとだ」


それは、とても大変な事です。『平静』『平常心』『冷静』『不動心』『泰然自若たいぜんじじゃく』……私にも、出来るでしょうか?


「心がざわついて闇を感じたら俺との会話を思い出せ」


……はい。


「もう、寝ろ。俺はもう少し仕事して寝る」


ダメです。明日は健康診断です。


 セスはトラブルの言葉を無視してパソコンへ向かった。


 トラブルはセスの肩に手を伸ばし、そっとむ。


 首筋から背中へ、背骨に沿って両手の親指で歩くように指圧していく。


 セスは作業を止めて「んー……」と前傾になった。


 椅子の背が邪魔だ。トラブルは椅子ごとセスをベッドの近くに引っ張り、腕をつかんでベッドへ寝転ばせた。


「仕事が……」と、言うセスの頭を枕に押さえ付け、背中から腰へと指圧していく。


 骨盤を指圧し、また腰から背中、肩へと上がっていく。首筋、頭と揉んでいるとセスの浅い寝息が始まった。


 ゆっくりと手を離す。


 しばらく寝息に耳をすませ、セスが完全に寝た事を確認すると、物音を立てないようにセスのパソコンの検索履歴をクリックした。


 眉をひそめて画面を見る。


 パソコンをシャットダウンして部屋を出た。


 隣のジョンの部屋をのぞく。


 ジョンの寝息に聞き耳を立て、それが聞こえる様に部屋のドアを開けておく。そして、リビングのソファーに横になった。


 眠らない街ソウルの、街の喧騒けんそうだけが遠くに聞こえる。


 トラブルは目を閉じ、ゆっくりと落ちて行った。





 夢を見た。


 後ろ手に椅子に縛り付けられ、顔にライトが照らされる。


 まぶしくて何も見えない。


 闇の中の男達は何人いる?


 顔に水を浴びせられる。


 痛い……。苦しい……。





「トラブル、トラブル!」


 ハッと目覚めると、テオが肩を揺すり起こしていた。


「大丈夫? うなされていたよ」


 汗びっしょりのトラブルは、寝たまま大丈夫ですと言い、時計を見る。


 午前3時。


ごめんなさい。もう大丈夫です。寝て下さい。


「うん……僕もここで寝ていい?」


 テオは床に毛布を広げ敷く。自分の枕とトラブルが枕にしていたクッションを並べた。


「はい、おいで」


 トラブルは微笑んでソファーから転がり落ち、テオと並んで横になる。トラブルの毛布を半分ずつ掛けた。


 テオの腕枕で背中をさすられながらトラブルは目をつぶる。


 テオはすぐに眠りに落ちて行った。その規則的な寝息を聞きながら、浅く微睡まどろむ。


 再び、悪夢を見ないように……。

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