第325話 エンパス


 ノエルは唇を舐めた。


「セスはね “エンパス” なんだよ」

「エンパス? 何それ?」


 テオはポカンと幼馴染を見る。


 トラブルはノエルを突き飛ばし、スマホで検索を始めた。


「痛いなぁ。分かったよ、これ以上は言わない。でもね、セスが僕を『変』って思う理由はエンパス同士だからだよ。ま、僕はスイッチをオフに出来るけどね」


 セスはソファーで、ノエルの言葉を放心状態で聞いていた。


(俺が……なんだって?)


 トラブルはスマホの検索結果をセスに見せる。そこには心理学として『エンパス』について書かれていた。


 セスは、1文字1文字、見落とすまいと読んで行く。


(これは……俺だ。これも、これにも当てはまる! こんな所に答えが……!)


「セスー、本当に調べなかったの? なぜ人の心が手に取る様に分かるのか。病気だって認めたくなかったから?」


 髪をかき上げるノエルにトラブルは手話で言う。


エンパスは病気ではありません。


「そう? 治療法がないから病気だって認めたくないんでしょ?」


病気ではないので治療は必要ない。


「でも、対処法は必要だよ」

「ノエル! 手話が読めるようになったの⁈」


 テオは、ノエルがトラブルと会話をしていると驚いた。しかし、ノエルは否定する。


「ううん。手話は読めないよ。心を読んでいるだけ」

「……ノエル、怖いよ。ノエルじゃないみたい」

「そう? 今はスイッチがオンで神経が逆立さかだっているからかな?」

「スイッチって……」

「セスが見ているのは難しいから、皆んなには分かりやすく書いてあるのを見てもらおうかなー」


 ノエルは自分のスマホで、噛み砕いて解説しているサイトを見せる。


「僕は身体・感情直感型だけど、セスはハイブリッドだよね。すごいよ。ほら、今もソファーになって自分に座られたり、そのサイトの作成者になったりしている。ねぇ、セス? 僕を見て」


 セスは言われるままにノエルを見る。


 ノエルはクスッと笑った。


「僕を見てよ。僕のピアスに入って自分を見てないで」


 ノエルはセスの両頬に手をあて、視線を合わせた。


 トラブルがノエルの手首をつかむ。


(何をするつもり?)


「何をするつもりかって? セスを助けるんだよ。セスの意識をセスに戻さないとね」


 心を読まれたトラブルは思わず手を離した。


「そんなにおびえないでよ。エンパスは人を傷付ける事はしないよ」


 ノエルは、放心したままのセスの頬に手をやり、顔を近づける。


(セス、今どこにいるの? 左の頬? ああ、ギプスが当たっているから……近くにいて良かったよ。セス、スイッチの切り方を教えてあげる。もう、自分じゃ止められないでしょ? 僕の中に来て。僕と意識を交換しよう。ダメ? 何で? 秘密? 秘密なんて誰にでもあるよ。じゃあ、スイッチはどこ? ボクを連れて行って。来るなって何でだよ。大丈夫だから。セス! 何で拒否するのさ! トラブル! 何でトラブルがここに!)


「うわっ!」


 ノエルはセスの頬から手を離した。


「ノエル、大丈夫⁈」


 テオがノエルの肩に触ろうとする。


 ノエルは肩を引いて、その手を避けた。


「ごめん、テオ。テオに触られると自然にスイッチが切れちゃうんだよ。あとで、ね」

「でも、顔色が悪いよ」

「うん、エネルギー切れだ」


 ふと、ノエルはトラブルがセスの手を握っていると気が付いた。


(そうか、2人の共通の秘密って事か……)


「トラブル。セスのスイッチを切らないと戻れなくなるよ」


(分かっています)


「前は、どうやってスイッチを切ったの? それをやって」


(前……キスは、テオに見せられない。仕方がない)

(第2章第220話参照)


 トラブルはセスから手を離し、右手の拳に力を入れた。


「待った! それじゃなくて!」


 ノエルが言い終わる前に、セスはソファーから吹き飛んだ。


「痛ってー! クソ女! 何すんだ!」


 セスは顔面を押さえながら、床に転がる。


(よしっ)


 トラブルは固く握った右手を振りほどいた。


「『よし』じゃないよー。強引だなー」


(次はノエル、あなたの番です)


「僕も殴るの⁈」


(殴りませんよ。テオが触ればいいんですよね?)


「う、うん。テオ、お願い。座っていい?」


 ノエルはソファーに座る。


 テオはノエルの横に座り「肩でいいの?」と、そっと肩に触った。


「あー、癒される。……ジョン、うん、そうだね。僕もお腹が空いたよ……」


 ノエルは目をつぶった。


 ジョンのお腹が、グーっと特大の音を立てた。

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