第326話 スイッチを切る方法


 マネージャーが昼食の時間を伝え「今日も豪華ですよ」と、笑顔を向ける。


 昨日同様、別室にビュッフェが用意されていた。


 しかし、ノエルは目をつぶったままソファーから立ち上がれず、テオは、そんなノエルの側から離れようとしなかった。


 ゼノはマネージャーに後で行くと伝え、セスの顎に保冷剤を当てる。


 ゼノは鎮痛な面持おももちでいた。


「セス。こんなに苦しんでいたとは気付きませんでした。スミマセン……」

「ゼノのせいじゃない。自分を責めるな。その気持ちが流れ込んでくる」

「スミマセン。でも、止められません。『スイッチ』を『オフ』にすると感じなくなるのですか?」

「……分からない。『スイッチ』の存在はノエルに言われて始めて知った。『オフ』なんてした事もない」

「どうすれば、セスを楽にさせられるのでしょうか……」

「俺は……俺以外をした事がないからゼノの言う『楽』の意味が分からない。でも、もっと上手くコントロールする方法を見つけるさ」


「ジョン」


 ふいに目を開けて、ノエルはジョンを呼んだ。


「何? ノエル」

「僕に、ご飯を運んでくれる? ステーキが食べたいな」

「うん、持ってくるね。たくさん食べたい?」

「うん、たくさん。セスの分もお願い出来る?」

「分かった。待ってて」


 ジョンは控え室を出て行った。


「……ノエル、ジョンを追い出して何をするつもりだ?」

「セスにエンパスの事を教えてあげる」

「自分で調べるさ」

「ううん、それだけじゃ解決は出来ないよ。特にセスみたいなタイプは」

「俺みたいなタイプ?」

「うん、セスはすごい。エンパスにはね、6つのタイプがあるんだよ。セスは全部に当てはまる。僕より何倍も複雑だよ」


 ノエルはテオの手を取って、立ち上がる。


「ちょっと実験させて」


 セスの手を取り、テオの手と重ね合わす。


「ねぇ、セス。テオに癒される感じはしない? イメージしてみて、テオが流れ込んで来て、自分の中のすすを払ってくれる。どう?」

「いや、何も感じない……」

「そうか……じゃあ、トラブルは? トラブル、こっちに来て」


 トラブルは動かない。


「トラブル、大丈夫だよ。僕は今スイッチを切っているから、何も分からないよ」


 トラブルは、ゆっくりとノエルの差し出す手を取った。


 ノエルはその手をセスの手と重ねる。


「セス、トラブルの中に入っちゃダメだよ? トラブルが来るのを感じて。で、イメージしてみて、トラブルが来てセスを癒してくれる。どう?」


 目をつぶるセスの眉間にシワが寄る。


「ダメだね。トラブル、手を離して。セス? 手を離して。セス! 離れて!」


 ノエルは無理矢理セスからトラブルの手を引き抜いた。


 セスは肩で息をしている。


「トラブル。今、セスを感じた?」


 トラブルは心の中でノエルに言った。


(いいえ、何も感じませんでしたが、セスが辛そうになったのは分かりました)


「ねぇ、セスを感じた?」


 ノエルは聞き直す。


 トラブルは、いいえと、首を横に振った。


「そうか、感じなかったかー。セスのスイッチは人ではないのかなぁ」


 考え込むノエルを見て、トラブルは『オン』状態との違いに驚いた。


(ノエル……さっきは私と自然に会話が出来ていたのに……これが『オフ』か……)


「トラブルって、エンパスじゃないんだね。以外だなー」


 ノエルは、まじまじとトラブルを見る。


「トラブル、大丈夫?」


 テオはトラブルの肩を抱きながら「セス、苦しそうだけど」と、セスを見た。


「いや、大丈夫だ」


 セスはソファーに体を沈める。


「ノエル、聞きたい事がいっぱいあるよ」

「うん、テオ、分かっているよ。でも、今はセスを救いたいんだよ。僕は自分でいろいろ試して、テオが1番って思ったんだ」

「『オフ』にする方法って事? それが、よく分からないよ」

「『オフ』ってのは、アンテナをしまうって事だよ。人やモノの感情から鈍感になって神経を休めるんだ」

「ノエルは僕に触ると神経が休まるの? 僕がいないと、さっきみたいになったままになるの?」

「僕は何度も『オン』と『オフ』を繰り返したから、テオがいなくてもコントロール出来るよ。いつでも切り替えられる。あと、感度もね」

「感度⁈」

「そう。目の前にいる人にだけ集中したり、部屋全体の人を把握したり……ジョンがおびえていて可哀想だったよ。ゼノは助けようとしてくれていたね。どうすればいいのか分からなかったみたいだけど」


 ゼノはため息混じりに言う。


「ノエルも、ただ勘が鋭くて頭が良い人なだけだと思っていましたよ。掌握術しょうあくじゅつに優れた」

「うん、そうだよ。『エンパス』って言葉が出来るまでは、ただの感受性の強い人だったんだよ。セスみたいに苦しむ人々にアメリカの心理学者が注目するまではね」


 ノエルはセスを見る。


「セス、今はどこにいる?」

「……ここだ。俺にいる」

「落ち着いたね。それが『オフ』状態って言うんだよ。寝る前に何か儀式みたいな事してる?」

「儀式?」

「深呼吸とか瞑想とか、何でもいいんだけど……手を洗うとか」

「あー、必ずトイレに行くから手は洗っている」

「そっか。トイレに行きたくなる? 手を洗いたくなる?」

「手を洗いたくなるから、ついでにトイレに行く」

「うん。手を洗うのは、とても良い切り替え方法なんだよ。自然に自分を守る方法を見つけていたんだね。さすがだよ」

「……お前、俺をコントロールしているのか?」

「うん、しているよ。僕の言葉に耳を傾けていて欲しいからね。でも、これはカウンセラーなんかが使う手法だから、心を読んでいるんじゃないよ」

「お前は、早くから気付いていたのか……」

「うん。とても早くからね」

「いつ……」

「小4で自覚して、小5でスマホを買ってもらって、自分で調べてからだね」

「小5⁈」

「うん、ベテランでしょ。あー……テオ、泣かないでよ」


 ノエルは振り返り、心優しい幼馴染を見る。







【あとがき】

 エンパスを少し大袈裟に描写しています。

 興味のある方は調べてみてね。

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