第287話 出入国審査


 翌朝、マネージャーに叩き起こされ、メンバー達は時間通りに宿舎を出た。


「ノエル、痛み止めは持った?」

「うん、今日は忘れてないよ。トラブルの体調はどうなの?」

「朝、ラインしたら、大丈夫だって返事が来たよ」

「トラブルと近い部屋だといいね」


 ノエルがウィンクをして見せる。


「からかわないでよー」

「全面的に協力するから」


「僕は全面的にノエルとソヨンさんの邪魔をします!」


 ジョンが大声を出して言う。


「邪魔されると燃えちゃうなー」


 ノエルはピンクの髪をかき上げ、流し目で微笑んで見せた。


「キー! 見た目は悪魔、頭脳も悪魔、その名も名探偵悪魔!」

「そりゃ、ただの悪魔だな」


 セスのツッコミにマネージャーも大笑いする。





 仁川インチョン空港は、マスコミとファンで人が溢れていた。


 いつもの様に写真撮影に応じ、ファン達の声援に応えながらファーストクラスラウンジに入る。


 ラウンジ内で、ア・ユミとダテ・ジンが待っていた。


「おはようございます。体調はいかがですか? あと、15分ほどで搭乗出来ます」


 スーツケースを預け、メンバー達は身軽になる。


 ア・ユミとダテ・ジンに続いて、専用出口で出国審査を受け、そのまま搭乗して機内で朝食を取る。


 メンバー達は2時間10分のフライトを思い思いに過ごし、無事に成田空港に到着した。


 成田空港でも、マスコミとファンに囲まれながら写真とサインに応じる。


 移動車に乗り、空港から会場に直行した。


 車中でマネージャーがセルフカメラをメンバー達に渡した。車内の固定カメラの位置も説明する。


「もう、回っていますか?」

「はい、録画中です」


 ゼノは自分のセルカ(セルフカメラ)をメンバー達に向け、インタビューを始めた。


 メンバー達は、それぞれ笑顔で答えて行く。


 会場に到着して車を降りる際、マネージャーが短く注意した。


「密着カメラマンもいます。気を付けて」


 控え室に荷物を置き、身軽な服装に着替えてから、全員で各所に挨拶をして回る。


 テオはトラブルの姿を探すが、どこにも見当たらなかった。


 たまらず、一緒に挨拶回りをしているア・ユミに聞く。


「トラブルはどこ? 僕達より先に到着しているはずなんだけど」

「あ、そうですね。聞いて来ます」


 ア・ユミがメンバー達から離れようとした時、ダテ・ジンが慌てた様子で走って来た。


『先輩、大変です! トラブルさんが出入国管理審査で足止めされているそうです』

『ええ⁈ どうして?』

『詳細は分かりませんが、成田には到着していて入国審査に引っかかっているそうです』

『成田にいるのね? 伊達くん、すぐに行ってあげて!』

『はい!』


 テオは、ダテ・ジンの『トラブルさん』だけ聞き取る事が出来た。


「トラブルに何かあったの? どうしたの?」

「成田で入国審査に何かあった様で、まだ、入国出来ていないそうです。ダテくんを向かわせたので、安心して下さい」 

「ダテ・ジンで大丈夫なのか?」

「セス、もう少し遠回しに言って下さい」


 ゼノに注意されてもセスは動じない。


「で?」

「はい。実は彼のお父さんは総領事で釜山プサンにいます。顔の広い方なので、万が一、トラブルさんに入国許可が下りなければ、韓国側の保証人を見つけてくれると思います。強制送還される事はないと思います」


「テオ、大丈夫だよ。ダテ・ジンを信じて待っていよう」


 ノエルはテオの肩を抱く。


「ダテ・ジンって、偉い人だったの?」

「バカ豚」

「うがー! セスがバカって言ったー!」

「はいはい。ジョン、ダテ・ジンさんのお父さんが偉い人だそうですよ。さぁ、舞台を見に行きましょうか」


 ゼノが手をパンっと叩き、メンバー達は舞台に移動する。


 移動中、テオはセスにそっと聞いた。


「あの赤いパスポートのせい?」

「だろうな。これでダテ・ジンとア・ユミにあいつが公人こうじんだとバレるな」

「もし、強制送還になったら……」

「あいつが休暇を取るってだけで、ノエルの受診に付き添うだろうし、俺達もアメリカに行く前に帰国するんだから……会えるさ」

「うん、そうだよね。でも、ひどい目にってないかな」

「戦時中じゃないんだからー、大丈夫だよ」


 ノエルは明るくテオに言う。


「うん、でも、せっかくの決心が……勇気を出して来たのに……」


『メンバー、入りまーす!』


 スタッフの声と共に、拍手で迎えられる。


 ゼノがいつもの様に挨拶をし『よろしくお願いします』と、日本語で締めた。


 リハーサルが始まるまで、控え室で過ごす。


 テオはカメラが回っていても、下を向いたまま落ち込んでいた。


 ゼノが視線でセスに言う。


(どうにかして下さい)

(また、俺?ノエルにやらせろよ)

(僕⁈ 無理だよー。ジョン! ジョン行け!)


「なぁに? ノエル」


 ジョンの普通のトーンの返事に、ノエルは「また!」と、頭を抱える。


「豚に回す方が、おかしいだろ」

「豚って僕の事じゃないよね!」

「お、自覚あり」

「うがー!」


 ジョンがセスにつかみ掛かって行く。


 セスは笑いながら、ヒラリとかわして逃げ回る。


 しかし、テオに笑顔は戻らない。


「皆んな、ごめん。せっかく面白いが撮れても僕がこんなじゃ、使えないよね」

「お、こっちも自覚あり」

「セス、嘘でもイイから、トラブルの今後というか……今、どんな状況にいるのか教えて」


 セスは天井を見て、ため息をく。


「あいつは、今ー……」

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