第520話 上陸


 最大55名の積載能力を持つ、超大型ヘリコプターは支援物資を積み終え、あとは目的地に向かい飛び立つだけになっていた。


 兵員達に案内され、指定された椅子に座り、シートベルトを締める。


 トラブルはパイロットや兵員が着る迷彩服に星条旗を見つけた。


(やはり、アメリカ兵か……代表が絡んでいるわけがないよね)


 爆音と共に機体がゆらりと持ち上がった。


 旅客機の様な快適さはまったく求められていない機内で、ジャカルタから目指すメダンまでの約2時間のフライトを、実はアーミーオタクだったと発覚したヤン・ムンセ以外は、皆、祈る様な面持おももちで過ごした。


 眼下は紺碧こんぺきから青灰色あおはいいろへ、そして、陸地へと変わる。


 高度が下がるにつけ、美しかったであろう街並みは、見るも無残な姿で茶色の埃にまみれていると見て取れる。

 

 れた滑走路の片隅にヘリは荒々しく、しかし、無事に着陸した。

 

 指示に従いハッチを出ると、赤道直下の湿度の高い暑さに襲われ、ツンとした、決して良い匂いとは言えない磯の香りが鼻をつく。


「うわ、アッチー!」


 ソン・シムがたまらず声を上げる。


 ジープが2台、待機していた。トラブル達は誘導に従い、身分証を確認されてから二手に分かれてジープに乗り込んだ。


 トラブルはヤン・ムンセが乗ったジープと自分の乗るジープに人数の差があると仲間に指を差して聞いた。


「ああ、あっちは医師団ですよ。彼等は比較的まともな宿泊場所を用意されているはずです。と言っても、この惨状では、まともな場所なんて残ってないでしょうけどね」


 トラブル達の乗るジープは町の中地部へ向かった。


 震災発生から、すでに72時間を超えていた。


 道端には未だにシートを被せられた遺体が放置されている。ハエがたかり、強い日差しに腐敗が始まっていると知らせていた。


 町の中心部を少し外れた場所でジープは停車する。


 そこではボランティアを受け入れる活動をしているNPO職員の女性がおり、流暢な韓国語で韓国チームを歓迎してくれた。


 キャンプを設置する場所を案内しながら「あちらはイギリスチーム、こちらはフランスチーム」と、説明を入れる。

 

「では、医療班はこちらに集まって下さい」


 トラブル始め、数名の仲間が前に出た。


 世話役のNPO職員の女性は挨拶をしてから名簿を確認していく。


「次は、えー……ミン・ジウさんは、いらっしゃいますか?」


 トラブルは手を挙げる。


「あー、良かった。多言語の手話が出来るとうかがっています。マレー語は分かりますか?」


 トラブルはメモで答えた。


『いいえ。インドネシアで使われる言語は分かりませんが、韓国語、日本語、アメリカ、イギリス、一部フランス手話が出来ます』


「充分です! あと……障害を持つ方のボランティアには付き添いが必須なのですが、えーと……ソン・シムさん。ソン・シムさんは同行されていますか?」


 トラブルは後ろを振り返り、大きなテントを両肩に担ぐソンを指差した。


「ソン・シムさん! こちらにお願いします!」


 突然呼ばれたソン・シムはテントを仲間に渡し、小走りで駆け寄る。


「あら、医療班ではないのですね……どうしようかしら……」


 障害を持つボランティアとその付き添い者の班が違うとは想定していなかった世話役の女性は、例外を作って良いモノか頭を悩ませる。


 すると、トラブルの隣に立つ1人が手を挙げた。


「私、障害者施設の看護師をしています。よろしければ私が付き添いになりましょう」


 小鼻を膨らまして胸を張って言うその女性は、当然、お願いしますと言われると思っている様だった。


(いらん……)


 トラブルは目をらす。


「申し訳ありません。ミン・ジウさんの身元引き受け人の方からソン・シムさんを指名されていまして、ほら、ここに『必ず』と、注意書きが」


(代表だな……)


 トラブルは上がる頬を不謹慎だと、飛び交う虫を払うフリをして誤魔化した。


「ご夫婦ですか?」

「ち、違います!」


 ソンが慌てて否定するので世話役の女性は首を傾げるが「まあ、病院も自家発電が落ちたり、力仕事はたくさんあるので……では、荷物を忘れずに、出発しましょうか」と、皆にSUVに乗る様に促す。


 ソン・シムは皆の荷物を引き受け、車の上に固定して助手席に乗り込んだ。


 瓦礫がれきの撤去作業を続ける人々の間を進む。


 10分ほどして、車は病院の駐車場に停車した。


 町よりも少し高台に立つ病院は1階の窓は津波で割られているが、建物は無傷だった。


「こちらです」


 世話役の女性は病院には入らず、敷地内の一角に立つ、2階建てのアパートに皆を案内した。


 1室に皆を集め、1人1人にIDを渡して説明を始めた。


「暑いですよね、窓を開けましょう。ここは、元は遠方からの患者の宿泊施設でしたが電気も水道も止まっているので、今はボランティア専用の宿舎になっています。部屋の割り振りをしますね。皆さん、休憩は必要ですか? いらない? では、各自荷物をほどいて、20分後に集まって下さい」


 世話役の女性から部屋割表を受け取り、トラブルは目を見張った。


 ソン・シムと同室になっている。世話役の女性も把握しており困った顔を向けて来た。


「すみません。付き添いの方は同室が良いかと勝手に判断をしてしまって……そうだ、上の階が空いています」


 ソンは外の鉄階段を上がり、手前の部屋を案内された。


「本当は余震を警戒して2階は使っていなかったのですが、最近は余震もないので大丈夫だと思います」


 ソン・シムの部屋はトラブルの部屋の真上に落ち着いた。


 20分後、全員集合して病院に入る。


 世話役の女性は病院内を案内しながら各科の責任者を捕まえてはボランティアスタッフですと、紹介して行く。


 その場で仕事はないかと聞き、手を挙げたスタッフは、すぐにその仕事の手伝いに入った。


 突然、廊下の明かりがチラつき、そして院内が薄暗くなる。


「また、停電が……最近、発電機の調子が悪くて」


 ソン・シムは「自分が見て来ます」と、病院スタッフと屋外の発電施設に出て行った。


 トラブルは世話役の女性と2人きりになる。


「ミン・ジウさんにお願いしたい子供達はこちらです。この病院は学校が集まる地区の中心にあります。障害児を受け入れている学校も多いのですが、いまだに親が迎えに来ない子供が数名集められています」


 案内されたその部屋には診察台がベッド代わりに並べられ、5、6人の少年少女が土に汚れた服のまま、無言で座っていた。

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