第272話 裸の付き合い


「お、押し倒したわけじゃないけど、何かそんな格好になって……で、ロッカーで……」

「ロッカー⁈ 会社のロッカーでって熟練カップルでも、ハードル高いでしょ!」

「そうなの? でも、手を押さえるなって蹴られたんだよ」

「んー? どういう事?」

「あの、自分は手を押さえられたら口をふさがれたのと同じで、その、レイプみたいな事はしないでって……」

「あー……それは、トラブルならではだね。テオ、配慮が足りな過ぎるよ」

「う、反省してます」


 テオは、男子2人には狭すぎるバスタブで膝を抱え直す。


「いいや、分かってないね。女の子はね、部屋の鍵が閉まっているかとか、カーテンが閉まっているかとか、ぬいぐるみが見ているとか、すごーく気にするんだよ。そういうの全部クリアしてからじゃないと、ヤラしてくれないの。トラブルだって、僕達に今日シたって知られるのを嫌がっていたでしょ?」

「う、うん」

「だから、絶対に医務室ではヤラしてくれないよ」

「別に、ヤラなくても……いい……もん」


 膝に顎を置く。


「また。理想を先に思い描いちゃうのは、テオの悪い癖だねー。ただでさえ気持ちイイんだから、好きな人とは最高だよ? ずっと、入れていたいけど、イキたいしー……」

「そんなに? そんなにいいの?」

「もう、すっごいイイよー! あー、最近してないなぁ。あ、ア・ユミさんが浮かんだ」

「ノエル!」

「何だよー、別にいいでしょ」


 ノエルは右手のギプスを濡らさないようにバスタブの外にブラブラとさせる。

 

「そういう事は、ちゃんと手順を踏んで……」

「もー、チェリーくんは真面目なんだから。その場のノリってのも、ありでしょ」

「女の子は大事にしなくては、いけないんですよ」

「あのね、女の子もヤリたい時があるの。そういう時は……」

「それって、いつなるの⁈ 何か合図とかある⁈ 僕にも分かる⁈」


 湯が音を立てて揺れるほど身を乗り出す。


「思いっきり、ヤリたいんじゃん! ま、いい傾向だけど。さっきも言ったけど、まずは環境を整えなくちゃね」

「環境?」

「だからー……」


 ドンドン!


 突然、ドアがノックされた。


「開けるぞ」


 セスの声がして、ドアが開く。


「お前ら、どんだけ時間掛かって……」


 向かい合う裸の2人が浴槽内で足を絡めて座っている。


 セスは、その姿を見て顔を引きつらせた。


「あー……失礼しましたー」

「ちょっと、セス! 変な想像しないでよ!」


 2人は慌てて浴槽から飛び出す。


「危ない!」


 テオは足を滑らせ、前に転びそうになった。


 ノエルが背後から手を伸ばすが支えきれず、テオの背中に乗るように2人で重なって転んだ。


「あいたたー……」

「テオ、大丈夫?」


 物音でゼノもバスルームをのぞいた。


「これは、いったい何を……2人はー……え⁈」


 普段、2人でシャワーを浴びる姿は見慣れていても、床に重なり合う全裸の姿は衝撃だった。


 固まるゼノにノエルは叫ぶ。


「ゼノ!セス!手を貸してよ!」


 片手のノエルが助けを求めて叫ぶが、セスは薄笑いでスマホを構えた。


「ちょっと待て。証拠写真、撮っておくから」

「バカな事言ってないで、起こしてよ!」

「ノエル! 変なモノが当たるー!」

「変って失礼だよ!」


 ゼノは我に返った。


「2人共、ジョンとトラブルが起きてしまいますよ。ほら、つかまって下さい」


 ゼノがノエルを助け起こし、テオは1人で立ち上がった。


「痛っ、りむいちゃったよー」


 テオの膝に、薄っすらと血がにじんでいた。


「トラブル……は、寝てるんでした。とにかく、パンツを履いて下さい」

「その前に、ほら、タオル。みっともないモノ隠せ」

「みっともなく、ないですー」

「じゃ、お粗末なモノ」

ひどいなー。テオ、酷い事言われてるよ」

「え⁈ 僕の事⁈」


 ノエルは笑いながら、片手で体を拭く。


「えっと、荷物はリビングにー……」


 2人は腰にバスタオルを巻き、バスルームを出た。


「ノエル、髪から水がれているよ」

「タオルが1本しかないから、しょうがないでしょ」


 ノエルが腰を曲げ、荷物の中からパンツを取り出そうとした時、後ろからタオルが投げつけられた。


「ん?」


 ノエルが振り向くと、腕を組みニヤニヤと笑うトラブルが立っていた。


「トラブル!」


 トラブルは口角を上げて目を細めながら、目の保養ですと、手話をした。


「向こうを向いていて下さい!」


 テオはスウェットで胸元を隠す。


「そんなに見たいなら、見せるよ?」


 ノエルが腰のバスタオルに手を掛ける。が、トラブルは動じない。


前立腺ぜんりつせんてあげましょうか?


「え? 何? テオ、なんて言ったの?」


 ノエルは聞くが、テオは分からないと肩をすくめた。


 トラブルは満面の笑顔で、もう一度ゆっくり手話をする。


ぜん・りつ・せ……


 トラブルの体が、弾かれた様に前に飛んだ。


 後ろでセスが、上げた足を降ろす。


 トラブルは、自分のお尻をさすりながらセスをにらんだ。


「下品な事言ってんじゃねーよ。これだから看護師は……」

「セス!トラブルを蹴ったの⁈」


 テオがトラブルに駆け寄る。


「大丈夫? おっと、タオルが……」


 トラブルは、股間のタオルを押さえるテオの尻をポンっと叩いて、笑顔のままバスルームに入って行った。


「おいっ、次は俺が入ろうと……」

「セス、シャワーは朝にしますか。飲みます?」

「……ったく、今夜は飲まないで寝ようと思ったのに……」


 セスは「あーあー」とあきらめて、ゼノからグラスを受け取る。


 2人でグラスを合わせ、焼酎を飲み干した。

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