第452話 それぞれの朝


 翌朝、ノエルはテオの隣で目覚めた。


 肘で頭を支えながら、幼稚園の頃から毎日の様に見ている幼馴染の寝顔を見る。


(僕のテオ……僕がいなくちゃ何も出来なくて泣き虫だったのに……大好きだよ。いつか、あの子の事を話すからね)


 ノエルはテオの頬をそっと触る。すると、テオが目を開けた。


「テオ、おはよ」

「ん、おはよ。起きてたの? 早いね」

「うん。寝顔を見てた」

「僕の美しい顔を?」

「うん。世界一美しい顔を」

「……ツッコんでよ。恥ずかしいなー」

「あはっ! 照れてるー」

「もう!」


 テオは、うーんと、伸びをして起き上がる。


 ノエルはベッドの上で右手をポリポリといた。


「ノエル、かゆいの?」

「うん。なんか、ここだけ皮膚が敏感でさ。乾燥しても汗をかいてもかゆくなるんだ」

「薬は? あるの?」

「うん。トラブルからもらってる」

「んじゃ、シャワーを浴びてキレイにしてから塗ろう」


 テオはノエルの手を引いて、バスルームに入る。テオはノエルのスウェットを脱がしにかかった。


「えーと、テオ? 凄く嬉しいんだけど、1人で脱げるよ?」

「え、あ! そうか!」

「ここまで来たら、全部、お願いしまーす」

「パンツも脱がせるよっ」

「いいよー」

「もー!」


 テオはノエルから離れて、自分のパジャマを脱ぎ始める。


 ノエルは、その様子を見てパンツに手を掛けたまま、あんぐりと口を開けて言った。


「テオ? 何しているの?」

「洗うの手伝ってあげる」

「えっとー、だからー、自分で出来るんだけど?」


 ノエルは両手を広げて見せる。


「え。ああ! そうか!」

「バカなの?」

「ひどーい! お世話したいんだよー!」

「あはっ! じゃあ、お願いしまーす」

「……1人で浴びて」

「テオちゃ〜ん。ねないのー」

ねてないもん!」

「あ、痛たー、手が痛くなって来たー」

「棒読みじゃん!」

「テオが洗ってくれないから、かゆくて僕の白魚しらうおの様な右手がボロボロのガサガサになっちゃうよー」

「そのまま、薬を塗ればイイじゃん」

「あー! このままだと、トラブルに怒られちゃうなー。テオは何をしていたんだって叱られたら、洗ってくれなかったって言うしかないなぁ〜」

「ずるいよ!」

「僕はボロボロのガサガサでもイイんだけどさー、テオはトラブルにどう思われるかなぁー。心配だなぁー」

「ノエル! 素直に洗って欲しいって言えばイイじゃん!」

「洗って」

「早っ! ……なんかさー、最近、皆んなジョンに似て来てない?」


 テオはパジャマのズボンを脱ぎ捨てる。


「そう? 確かに、うちの末っ子の存在感は半端ないからねー」

「ツアーが始まってから、体がひと回り大きくなったもんね。あ、太ったって意味じゃなくて」

「筋トレしてないはずなんだけどねー。やっぱり太ったんじゃん?」

「本人に聞かせられなーい!」


 2人はバスタブに入り、笑いながら背中を流し合う。






 セスは、スッキリとして目が覚めた。


 いつもなら、夢か現実か分からないまま目を覚まし、コーヒーの熱さで現実と知るのに、今朝は夢の記憶が残っていなかった。

 

 ベッドの上にはセス1人だった。


 ワインを飲んで寝込んでしまっていたジョンは、ゼノが出て行った直後にベッドから転げ落ち、床で無様に伸びている。


 セスは、そんなジョンをまたいでシャワーを浴びに行った。


 熱い湯に身も心もリラックスしていると、ジョンが寝ボケまなこで入って来た。


 驚くセスに一瞥いちべつもくれず、ジョンは便器を上げて、用を足す。


 無言のまま出て行こうとするジョンに、セスは「手を洗え!」と、叫んだ。


 ジョンは半目のまま反射的に洗面台に戻り、蛇口をひねる。


 手に水が掛かった瞬間、ジョンは顔を上げ、そして鏡越しにシャワーブース内のセスを見つけて目を見開いた。


「セス! 何やってんの⁈」

「ユンノリでもしている様に見えるか?」

「ユンノリ⁈ って何だっけ?」

「はぁー……部屋に帰れ」

「え! ここは僕⁈」

「あ?」

「なんて、言おうとしたんだっけ……」

「寝るか酔うか、どちらかにしてくれ」

「ここは、僕の部屋でしょ? って言おうとしたの」

「俺がお前の部屋でシャワーを浴びてると思うのか?」

「2人の間に何が……」

「何もないわ!」

「うーん、ステーキ攻撃を喰らったのは覚えているけど……」

「喰らったのは、俺な」

「んー、2人の間に何がー……」

「だから、何も……何をやってんだ?」


 ジョンは服を脱ぎ捨てていた。


 裸になり、セスのいるシャワーブースに入る。


「バカかっ! 俺が入っているだろ!」

「んー、2人の間にー……」

「寝ボケてんのか⁈ どけ! 出る!」


 セスはジョンを押し退け、逃げる様にバスルームを出た。






 ゼノはセスの部屋をノックした。セスのスマホも、ジョンのスマホも応答がなく、部屋の内線にも出ないので心配して来ていた。


 セスはドアスコープをのぞき、ゼノと確認すると、腰にタオルを巻いたままでドアを開けた。


「おはようございます。お風呂でしたか。ジョンは? まだ、寝ていますか?」


 ゼノは部屋に入る。すると、全身びしょ濡れのジョンがバスルームから出て来た。


「あ、ゼノ、おはよー。セス、イイお湯だったね」

「お前なー」


 案の定、ゼノは2人を指差し、口をパクパクとさせる。


「ゼノ。誤解だ」

「ふ、ふ、2人……」

「2人の間に何があったのでしょうか?」


 ジョンは意味深な笑みを向ける。


「豚! バカな事、言ってんな! ゼノ! 誤解だからな!」


 Tシャツを着るセスににらまれながら、ジョンは大きなクシャミをした。


 ゼノは我に返る。

 

「ジョン! 早く、体を拭いて服を着て下さい!」

「へーい」

「ところで、ゼノ。何か用だったのか?」

「いえ、2人の様子が気になって……まさか、一緒にお風呂に入るほど仲良くなっているとは夢にも思いませんでしたが」

「誤解だ。2度と言わせんな」

「お腹、空いた! 服がない!」

「え? 今、脱いだ服を……」

「嫌だ! キッシュの臭いがするもん。取って来る」

「ちょ、ちょ、ジョン! タオル1枚ですよ⁈」

「うん。隣だから」

「いや、ダメですよ!」

「隣だから」

「待って下さい! ジョン! ジョン!」


 ゼノは半裸のジョンを追い掛けて出て行った。


 セスは大きなため息をいて、ドアにチェーンを掛けようとする。すると、ゼノが驚いた顔で戻って来た。


「私まで、締め出すつもりですか⁈」


 セスは、もう一つ、大きなため息をきながらチェーンを外した。








【あとがき】

 ユンノリとは、韓国の伝統的な遊びで双六すごろくのようなボードゲームです。

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