第340話 トラブルとノエルのキス


 トラブルは大袈裟に頬を叩いて、美味しいと表現をした。


 カウンターに置いたスマホにメモを書き続ける。


『私はパクと世界中を回っていた時、90歳のお爺さんにプロポーズされた事があります』

「ええ! 90歳⁈ 結婚出来るの⁈」


 トラブルは同じスプーンでノエルにアイスを食べさせる。


『80歳のお婆さんの、ひ孫と婚約させられそうになった事も』

「ひ孫って、何歳なの?」

『6歳でした』

「ウソでしょー!」


 ノエルは上を向いて笑う。


 トラブルはノエルの口に付いたアイスを指で拭き取った。


『女性に告白された事もあるので、今回はマシな方です。かろうじて男性ですし』

「かろうじてって、ひどいでしょう」


 今度はノエルがトラブルにアイスを食べさせた。


 2人は、はたから見れば恋人同士が楽しげにイチャつく光景を繰り広げる。


『まだ、見ています?』

「うん。思いっきり見てる」


 トラブルはノエルの前髪を指で直し、目にかかる髪を耳に掛ける。


『同じ事をして下さい』

「分かった」


 ノエルもトラブルの髪を耳に掛け、頭を撫でた。


「テオが見てたら、怒るだろうなぁ」


 トラブルはうなずきながら、ノエルに手で作ったハートを投げる。


 ノエルはそのハートを受け止め、食べる仕草をした。


 おー! と、トラブルは拍手をする。


「まだ、見てるよ。泣きそうな顔をしてるけど」

『もう、ひと押しですね』

「ネタが尽きて来たよー。あと、恋人同士に見える仕草は……」


 トラブルはノエルの肩に手を置き、チュッと頬にキスをした。


「こ、これは、やり過ぎでしょー!」


 ノエルは驚いて頬を押さえる。


『同じ事をして下さい』

「嫌だよ! ていうか、ダメでしょー!」

『ダテを追い払う為です』

「追い払うって……罪悪感はないの?」

『テオに、ですか?』

「いや、ダテ・ジンさんに。始めて女性を好きになったって……」

『言い寄ってくるやからに、いちいち同情していたら身が持ちません。振り切って逃げるだけです』

「そうだけど……」


(僕もソヨンさんに、同じ事をしようとしていた……これよりも、もっとひどい事を……)


 トラブルはカウンターの椅子から立ち上がり、ノエルの腕を自分の腰に回させる。そして、両腕をノエルの首に回し、ノエルと視線を合わせた。


「何をしようとしているの? まさか……」


 ノエルが言い終わらない内に、唇で唇を塞いだ。


 ギュッとハグをして、ダテを振り返る。


 真っ直ぐにダテを見据みすえ、不敵な笑みを浮かべて見せた。


 ダテは、目を大きく見開いたまま後退あとずさりをする。そのまま、逃げる様にきびすを返して走り去った。


(やった、大成功!)


 トラブルはノエルから離れて、残りのチョコアイスをかき込む。


 ノエルは我にかえり、トラブルを見た。


 トラブルは、いたずらっぽくウインクをして見せた。


 カウンターに肘を付き、顔を覆う。


「信じられない……」


 そう? と、トラブルは肩をすくめた。


「セスがトラブルの事、クソ女って呼ぶ理由が分かったよ……」


 トラブルは大口を開け、上を向いて笑う。



 



 約3時間のフライトで飛行機は無事に仁川いんちょん空港に到着した。


 そのまま、迎えのスタッフの車でソウル中央病院に行く。予約時間丁度のタイミングで、待たされる事なくレントゲンを済ませた。


 待合室でトラブルはマスクをして帽子を深く被り、警備員を警戒していた。


 隣でノエルが小声で聞く。


「ねぇ、トラブル。前に忍び込んだ時は、どこから入って来たの?」

(第2章第233話参照)


 トラブルは正面入口を指差した。


「正面から? 出る時も?」


 メモを書く。


『霊安室』

「げ! マジ⁈ 何でそんな所から……」


「ノエル」


 ふいに呼ばれ、ノエルは声の方角を見る。「母さん!」と、笑顔で立ち上がった。


 ノエルの母は、マネージャーとトラブルに頭を下げる。 


「いつも、息子がお世話になっております」


 トラブルはペコッと頭を下げて、顔を合わせない様に視線をらした。


 診察室に呼ばれた。


 ノエルを先頭に、全員で診察室に入る。


 若い整形外科医は、レントゲン画像をし示しながら、丁寧に説明をした。


「骨は、ほぼ付いていますが、ここにまだすじが写っています。あと2週間でギプスを外せますよ」


 トラブルは机に両手を付き、画像モニターに顔を近づけて、自分の目で確認をした。


「ええっと……こちらの方は?」


 困惑する医師に、ノエルは「あ、あのスタッフです。骨が好きで……レントゲンマニアなんですよ!」

「はあ⁈」

「ありがとうございましたー」


 ノエルはトラブルの腕を引っ張って診察室を出た。


「ちょっと、トラブル! もー!」


 ノエルは怒って見せる。 


 トラブルは手で謝りながら(もーって、テオに似てる。さすが幼馴染み)と、笑った。


 会計で呼ばれ、支払いを済ませたノエルがりを待っていると、ふと、壁のポスターが目に入った。


 職員向けの、そのポスターには《要注意人物》と書かれ、白衣とマスク姿の女性が下を向いて歩く、防犯カメラの映像が印刷されていた。


「げ!」


 思わず声が出た。


 会計の職員が顔を上げる。ノエルは愛想笑いで咳払いをして誤魔化した。


(思いっきりトラブルじゃん! ダメだ。今、トラブルを見たらバレる。 どこにいる? 待合室? 早く知らせないと……)


 平静を装い、釣りを受け取るとノエルは走り出したい衝動を抑えて、母達の待つ待合室に向かった。


 しかし、トラブルはいなかった。


「トラブルは? どこ?」

「もう、帰りましたよ。自分の受診があるとか」


 マネージャーの返事にノエルは胸を撫で下ろす。


(本当、パク先生のネーミングセンスは秀逸しゅういつだな……)

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