第34話 トラブルの本名


 会社のクリスマスパーティー当日。


 いつもの質素なロビーはクリスマスカラーのモールやリボンで飾られ、職員達は、皆、めかし込んでいた。


 今日はボーナス日でもあるので、お祝いムード満点だ。


 夕方、ロビーのブラインドは全て下ろされ、DJブースがセッティングされた。


 軽食とアルコールが運び込まれ、ウエイター・ウエイトレス役の職員が思い思いのコスチュームを身につける。


 ユミちゃんらメイクスタッフは、お揃いのミス・サンタになって可愛さを振りまいていた。


「メリークリスマス!」


 大きなクラッカーの音と共にライトダウンされ、ロビーはクラブへと変貌した。


 皆にアルコールが回り、ダンスと音楽が最高潮に達した頃、メンバー達が帰って来た。


 会社のイベントで仕事が休みになるわけもなく、毎年、途中参加だが、それがさらに場を盛り上げる。


 メンバー達を出迎えるDJの声にダンスフロアはさらに熱気が増し、メンバー達もスタッフと音楽に乗った。


 成人したメンバー達に酒が振舞われ、ジョンのグラスにはジュースが注がれる。


 いつの間にか代表もロビーを見渡しながら楽しそうに飲んでいた。代表はワイン派だ。自宅にワインセラーがある程のワイン通で通っている。


 皆が踊り疲れたタイミングで、音楽がスローテンポに変わった。


 ノエルとテオがふざけて手を取り合い、ワルツを踊る。セスはカウンターで飲みだし、ゼノはジョンが、どさくさに紛れてウイスキーを飲もうとしているのを、阻止すべく戦っている。


「トラブルがいなーい!」


 ユミちゃんの声が聞こえてきた。確かにトラブルの姿はない。


「もー、始めてのクリスマスって重要じゃない?」


 自称・彼女のユミちゃんは口を尖らせる。


「12月はこういう場に来ないさ」


 代表がワイングラスを回しながら視線を上げずに言った。


「なんで! もー、トラブルと踊りたかったのにー」


 ユミちゃんは、かなり酔っていた。


 プンプンしているユミちゃんに代表が「俺と踊るか?」と、眉毛を上げる。


「おじさん、いや〜」

「誰がおじさんじゃ。お前も、もうすぐおばさんだろうが!」

「なんですってー!」


 ユミちゃんはこぶしを上げて代表を追いかけて行った。


 テオはノエルの手を離し、セスのもとに行く。


「ねえ、セス。トラブルはなんで来ないんだろ? 代表『12月は』って言った」

「……12月に事件が起こったからだ」


 セスはスマホを見せた。


 このニュース記事を読めと、集まってきたメンバー達に回す。




《新進気鋭のカメラマン刺殺体で発見される》


 12月1日 未明、カメラマンのチェ・ジオンさんが何者かに刺され病院で死亡が確認された。チェ・ジオンさんには複数の暴行の跡があり、背中の傷が致命傷で出血多量で死亡したもよう。遺体発見現場から3人の男が立ち去る姿が目撃されており、警察は殺人事件として捜査を開始した。婚約者のミン・ジウさんも昏睡状態で発見され、意識が戻り次第事情を聞く予定との事。


 12月15日 カメラマンのチェ・ジオンさんが刺殺された事件で、遺体発見現場付近の監視カメラ映像で犯人を特定。男3人が逮捕された。3人は地元ギャングの一員で、すでに犯行を認めており警察は婚約者のミン・ジウさんに対する暴行と殺人未遂の立件も視野に入れて捜査継続するとの見解を示した。


 12月24日 刺殺されたカメラマン、チェ・ジオンさんと共に刺傷し昏睡状態だった婚約者のミン・ジウさんの意識が戻り、事情聴取を開始すると警察発表。




「セス、調べてたんだ…… 」


 テオは鎮痛な面持ちでスマホを返した。


「12月にトラブルの人生が一変したのですね」


 ゼノの暗い声にノエルが努めて明るく言った。


「このチェ・ジオンさんは本当に才能があった人みたいだね。ほら、追悼のコメントがたくさんあるよ」


 セスは言う。


「写真集がヒットした直後だから世間はかなり注目したが、犯人がすぐ捕ったから忘れられるのも早かったみたいだ。もっと探せばトラブルの顔が出ている記事もあるかもしれない。世間を騒がせた事件だ。ミン・ジウ=トラブルと、誰かが記事にすれば追いかけ回されるぞ。そして、あの将棋倒し事件を引き起こしていたとなれば、俺達共々、マスコミの餌食えじきだ」


 テオがつぶやいた。


「トラブルの本名、こんな記事で知りたくなかったなぁ……」






 トラブルは自分の部屋にいた。


 この前のフラッシュバック以来、カン・ジフンとピクニックランチはしていない。


 話はした。


 自分は急に気分が悪くなる時がある事。それは自分ではどうにも止められない事。ジフンが悪いわけではない事。そして、偶然セスに助けられた事。


『時間が経てば治るから。本当にごめんなさい』


「いいえ、僕の方こそ追い掛けてしまって、ごめんなさい。今度、トラブルの気分が悪くなったらセスさんを呼んで来ます」


 嫌味に聞こえないのは、カン・ジフンが本当にそう思っているからだ。


 純朴な青年。


 彼を見ていると、そんな言葉が頭に浮かぶ。口数が少なく穏やかな彼とは沈黙が気まずくなる事はない。


 彼みたいな人を『普通』と呼ぶのだろう。


 窓から星の見えない空を見上げる。


(12月なんて、早く終わってしまえ…… )

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