第35話 歌謡祭


 歌謡祭当日。


 会場にパク・ユンホではなく、メインアシスタントのキム・ミンジュがカメラを持ち、トラブルと現れた。


 パク・ユンホは有名人なので大勢の関係者が集まる場は遠慮したと、キムが説明する。


 体調も今ひとつと、付け加えた。


 出番前、楽屋でリラックスするメンバー達を写していく。


 廊下では、舞台裏のアイドル達にカメラが向けられ、テレビでよく見るタレントがインタビューをしていた。


 テオが「トラブル、カメラに映らないように気をつけて」と、言う。


 しかし、アイドルの数だけテレビカメラやスチールカメラのレンズがあちらこちらで光っていた。





「君はパク先生の所の子じゃないか?」


 以前、パクが写真集を手掛けた俳優が親しげに近寄って来た。


 トラブルは目を合わせずペコッと頭を下げ、背を向けて逃げるように立ち去った。


「待ってよ。何て名前だっけ?」


「お久しぶりです」と、キムが割って入り、挨拶をした。


 俳優はそれを無視し「彼女はまだパク先生の所にいるの? 連絡先は分かる? また、パク先生に仕事を依頼すれば会えるの?」と、早口で聞いてくる。


 キム・ミンジュが愛想笑いで曖昧あいまいに答えた。


 俳優は、ふーんと、タキシードのポケットに手を突っ込んだまま、今度はメンバー達に話しかけた。


「君達、あの子と仕事してるの? すごい美人なのに隠しているの気付いてた? 俺、気付いちゃったんだよねー。そういうの、そそられない? 連絡先が分かったら教えて」


 ゼノに投げる様に名刺を渡して立ち去る。


 キム・ミンジュが、以前あの俳優がトラブルに言い寄り、現場で大変な思いをしたと言う。


「しまいには『1回ヤラせろ』と露骨に言い出して、パク先生も笑っていられなくなるし本当に大変でした」


 当時を思い出し、キムは頭を振った。唖然あぜんとするメンバー達。


 ゼノは受け取った名刺を破り捨てた。


「無作法な方ですね」

「芸能界一の女たらしで有名だからな」

「ここは危険だよ。いつ誰に会うか分からない」




 トラブルがこっそりと戻って来た。しかし、あっちにカメラ、こっちにもカメラで顔を背け続け、仕事にならない。


 テオが「ちょっと待ってて」と、控え室から自分の帽子と伊達メガネを持って来た。


「はい、これ」と、笑顔でトラブルに渡す。


「そのメガネ僕のだし。まあ、いいけど」


 ノエルが肩をすくめる。


 トラブルは無表情のまま、ペコッと、ノエルに頭を下げて受け取る。黒い帽子と丸眼鏡はトラブルによく似合った。


「かえって目立たないか?」


 セスが苦笑いをした。


「身長は隠せないですからねー」

「マスクなかったの?」


 ゼノとジョンに言われても「それしかなかったの!」と、テオは鼻にシワを寄せる。





 廊下の長椅子で待機するメンバー達の撮影を続ける。


 トラブルはキムからカメラのバッテリー交換を頼まれた。すでに交換済みのカメラを先に渡し、キムから受け取ったカメラの蓋を外す。


 充電済みの電池は……と、下を向いてポケットを探ると、ふと視線を感じた。


 女の子が帽子の下のトラブルの顔を覗き込んでいた。


 目が合う。見た事のある子だ。確か9人グループの…… 。


「この人、イケメーン!」


 突然、女の子が叫ぶ。


 叫ばれたトラブルも、その場の皆が「え⁈ 」と、驚く間もなく女の子達に取り囲まれた。


「ほんとだー」

「カッコいいー」

「女の人?」

「モデルさん?」

「一緒に写真いいですか〜?」


 9人は矢継ぎ早に言いながらスマホのカメラを構え出した。


(げ! ユミちゃんがいっぱいいる!)


 テオが、失礼!と、トラブルの腕をつかんで足早にその場を離れた。


「次、出番……」のマネージャーの声は、もう聞こえていない。


 ゼノは呆然とする女子達に「まだデビュー前で顔出しNGなんです」と、フォローをした。




 テオはトラブルを自分達の楽屋に引っ張って行った。


「トラブルはここにいて。内側から鍵を掛けて、僕達が戻るまで絶対に出ないで。トイレも我慢して!」


 バンッと、ドアを閉めて出ていく。


 トラブルは言われた通りに鍵を掛けた。


 ふーと、椅子に座る。


(トイレも我慢して? 変なヤツ……)


 やっぱり人混みは嫌いだと、目をつぶった。




 約1時間後、ドン、ドン、ドンッと、ドアが強くノックされる。


 そっとドアを開けると、メンバー達とキム・

ミンジュが戻って来た。


「開けちゃダメじゃん」


 開口一番にテオが言う。


 どうしろと? と、トラブルは肩をすくめた。


 マネージャーが「すぐに出るよ」と、声を掛ける。


「トラブルはバイクだよね? ヘルメットはどこ?」

「テオ、なんでヘルメットを聞くの?」

「いや、かぶって出た方がイイのかと」

「余計目立つでしょー!」


 衣装を脱ぎながら話す。


「バイクは駐車場?」


 トラブルはうなずく。


「どの辺り?」


 地下のバイク置き場ですと、手話とジェスチャーで答える。


 セスがそれを言葉にして伝えた。


「え? 我々の入館証では地上の駐車場に停める事になっているはずでは? 地下はタレント専用と聞いていますが」と、キム・ミンジュが首を傾げた。


 トラブルは、警備員に誘導されたと、言う。


 セスが気付いた。


「警備員の前でヘルメットを外したか?」


はい。入館証の写真と比べると思い、外しました。


「比べてた?」


いえ、すぐに地下へ誘導されました。


「やはりな」

「何だよセス、説明してよ」

「こいつはテオと間違われたんだ」


 ああ。そういう事と、一同は納得をした。薄暗い駐車場ではさらに2人は見分けが付かないだろう。


「じゃあ、ラッキーじゃん。一緒に地下に降りて、そのまま帰れる」


 ノエルが解決と髪をかき上げるが、それは無理ですと、マネージャーが言う。


 地下から出るグループと、裏口に車を回して出るグループに分かれていた。


「我々は裏口から出る事になっています」

「なんで?」


 これだけの数のスターが集まっているので、取り囲むファンを分散させるための措置だと説明をする。


「トラブル1人が地下に降りたら、また、あの女の子達に捕まるかもね」

「あのエロ俳優に見つかったら最悪だよ」


 大丈夫ですと、出て行こうとするトラブル。


「ダメ、ダメ。あのエロにバイクを知られているだろ? また、面倒な事になる」


 キムは閉館ギリギリまで隠れているべきだと言う。


「それでもバイクをおさえられたらアウトだ」


 セスの言葉にテオはうなずいた。


「だから、僕達の車で一緒に帰ればいいよ」

「バイクを置いてか?」

「そう」


「あのー、早く出ないとまずいんですけど…… 」と、マネージャーは困り顔で言う。


「決まり!バイクは後で取りに来ればいいよ」


 テオは笑顔でポンッと手を叩く。




 裏口には、すでに車が待機していた。


 時間が掛かったせいで、ファンが何重にも取り囲んでいる。


 熱心なファンは移動用のメンバー専用車を把握している。そして、SNSなどの情報を駆使して確実な場所に集まって来る。


 トラブルはテオの帽子とノエルの伊達メガネを借りたまま、口元を手で覆い隠してメンバー達に囲まれて外に出た。


 一斉にフラッシュがたかれる。


 まぶしさに驚いて足が止まるトラブルを、テオが車に放り込んだ。メンバー達は乗り込む前に、ファンとマスコミのフラッシュに手を挙げて応える。


 トラブルは車の中から、自分はすごい人達といるのだなぁと、改めて感じた。






《あとがき》

 お疲れ様でーす。

 朝食のジュースが甘くない……。

 味覚異常⁈

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