第369話 早く帰りたい


 トラブルはモバイルバッテリーを買う為に、コンビニを探していた。


(コンビニが見当たらなければ帰ろう……あ、あった)


 店内で売っていない事を期待して探す。


(もし、売ってなかったら帰ろう。あ、あったし……しかも、全機種対応・充電済み。帰る口実がなくなったじゃん。雨でも降らないかなぁ)


 レジ前のビニール傘が目に付いた。


(いや、見えないし、見てないし。温かいものが食べたい……)


 肩を落として、レジでモバイルバッテリーとおでんの代金をカードで支払い、店内でバッテリーとスマホを繋ぎ、モーテルの前に戻る。


(寒い……)


 時刻は午前1時を指し、薄着のトラブルは足踏みをしながら、おでんを平らげた。


 スマホの電源を入れてみる。スマホは低くうなりながら息を吹き返した。


(寒さで眠気はないけど、朝5時に起きて、すでに20時間か。さすがに疲れたな……)


 トラブルは電柱に寄り掛かり、腕を組んで寒さに耐えていた。時々、終電を逃した酔っ払いが、寝床を求めてモーテルに入る。


 少し離れたモーテルから、1人のサラリーマンらしき酔っ払いが文句を言いながら出て来た。


 どうやら、満室で断られた様子でブツブツと悪態あくたいを垂れながら、千鳥足ちどりあしでトラブルの前のモーテルに近寄って来る。


(私に気付きません様に……)


 トラブルは電柱の影に隠れるが、サラリーマンはフラフラとトラブルに近づき、臭い息を吐き掛けた。


「おー? 女の子、発見! んー、髪の長いニャンコが好きだけどー。おじさん許しちゃう!」


 トラブルは、はぁ?と、首を傾げる。


「おじさんが拾ってあげる。寒いよね〜、暖かくしようね〜、こっちにおいで〜」


 酔っ払いサラリーマンは、トラブルの肩に手を伸ばした。


 トラブルは驚いて肩を引く。


「怖くないよ〜。あ、いくらかな? おじさんね、お金ないの〜。ぜーんぶ、呑んじゃったから! アハハハハー!」


(マジか……立ちんぼに間違われている⁈ こういう時の為に……)


 トラブルはネットで調べておいた警察手帳の画像写真をスマホの画面に表示して、酔っ払いに見せた。


「ん〜? 何? これ……お巡りさん⁈ お嬢ちゃん、警察官なの⁈ それは……失礼しましたー」


 酔っ払いは愛想笑いをして敬礼をしながら、いそいそと立ち去った。


(良かった、だまされてくれた。そうか、この場所は週末に娼婦が立つんだな……2時か。帰ろう。タクシーの拾える通りは……)


 トラブルが大通りに向かい歩いていると、道端で若い女性が吐いていた。


 2人の男性が女性の背中をさすっている。


(連れがいるなら、大丈夫だな)


 トラブルは3人の横を通り過ぎる。


「うわ、汚ねーな! 先輩、こんな汚い女じゃなくて他を探しましょうよ」

「どこに他の女なんているんだよ。ほら、そっちを持て。休憩しましょうねー」

「やめて……下さい……」


 トラブルは消えそうな女性の声に振り向いた。よく見ると女性というよりも、女の子に近い。


(大学生か。下手したら高校生ってとこかな……ま、深酒した自分が悪い……)


 自業自得だとトラブルは立ち去ろうとする。


「この女、また吐いた! 先輩、ここでヤっちまって早く捨てましょうよ」

「バカだな、写真を撮れば長く楽しめるだろ。お前が入れ過ぎなんだよ」

「先輩が入れろって!」

「いいから、腕を持てよ」


(薬を盛られたか……可哀想だけど、よくある話だ……)


 その時、トラブルの背中に、か細い声が届いた。


「助けて……下さい……」


 トラブルは再び振り向く。


 女の子はトラブルに震える手を伸ばしていた。それに気付いた2人の男もトラブルを見ている。


 『先輩』と呼ばれた男は背が高く痩せ型で、もう1人は背は低いが、がっしりとした体型だった。


 女の子が再び嘔吐おうとした。


 胃の内容物はなくなり、黄色い胃液の臭いが広がる。


(脱水を起こしているな……急性アルコール中毒の一歩手前……)


 トラブルは女の子を観察する。


「おい! 何、見てんだ!」


 背の低い男が声を上げた。


 トラブルは観察を止めない。


(ここで、騒ぎを起こしたくないんだけど。顔が白い……チアノーゼ……肩呼吸に脱力……低体温症と肺炎発症の危険……と、レイプ被害がネットで拡散……)


「おい、テメェ!」

「まあ、落ち着けって。彼女ー、1人? 良かったら一緒に遊ぼうよ」


 『先輩』と呼ばれる男が笑顔で近づいて来た。


 後ろで背の低い男が、ニヤニヤと笑い出す。


(あまり酔ってない奴には効果がないかも……)


 トラブルは『先輩』が近づき過ぎる前に、スマホの警察手帳をかざした。


 しかし『先輩』は歩みを止めない。


 トラブルの目の前まで来て「ニセ警官のフリしてると逮捕するよ?」と、本物の警察手帳を取り出してみせた。


 背の低い男は、下品な声を上げて笑う。


(こいつら! 本物の……!手帳を携帯しているって事は勤務中か? それとも、その手帳もフェイク? 確認してやる……)


 トラブルは『先輩』の手帳を奪おうと素早く手を伸ばす。


 それよりも早く、『先輩』はトラブルの手首をつかんだ。


 逃れ様とするトラブルの顔をのぞき込む。


「へー、綺麗なお姉さんじゃん。勇気はかうけどさー、手荒なマネはしたくないからさー。細い腕を折られたくないでしょ?」


 『先輩』はトラブルの手首をつかんだまま、自分の顔まで持ち上げてトラブルの手の甲に唇を押し付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る