第19話 台湾コンサート1日目・その1


 台湾へ出発。


 朝7時にもかかわらず仁川インチョン空港は見送りのファンでいっぱいだった。


 昨夜も、なんとか日付が変わる前に帰宅できた。それから荷造りをしていたので、全員がほとんど寝ていない。


 2時間半のフライトでの楽しみは睡眠だった。


 機内でゼノがマネージャーにスケジュールの確認を行う。


 台北に到着したらそのままファンミーティングへ。昼の生放送に2本出演し、その後ラジオに生出演。雑誌の取材5本とそれぞれ写真撮影。クイズ番組と音楽番組の収録。


「あ、この音楽番組のこっちは2本撮りです。あとは……」

「もう、結構です! 寝ます!」


 ゼノが、そう言った時には、すでに眠りについているメンバー達であった。





 台北の空港も出迎えのファンでいっぱいだった。


 熱烈な歓迎を受け、殺人的スケジュールが開始される。


 すべてのスケジュールを滞りなく終わらせ、ホテルに入るとすでに日付は変わり、午前3時をまわっていた。


 皆、口も利けないほど重い体を引きずり、マネージャーからルームキーを受け取って、それぞれ無言のまま部屋に入って行く。


 テオの部屋はシングルベッド2つに、テーブル・椅子3脚のこじんまりとした部屋だった。


 壁のテレビが大型すぎて部屋に合っていない。


 テオは半分寝ながらバッグを放り投げる。自分のではない鞄が置いてある気がするが、今はどうでもいい。


 かろうじて靴を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込むと、そのまま気を失うように眠った。






 朝、物音で目覚める。


(今、何時? 8時? そろそろ起きないと朝ご飯を食べ損ねちゃう。でも、ダメ、眠すぎる。もう1回寝よ……)


 目をつぶる直前、見慣れない荷物が視界に入った。


(ん? 黒いリュック、誰のだろ。あのカバン僕のじゃない。椅子にかかっている服、ブーツ…… どこかで見た気がする…… )


 その時、バスルームのドアが開き、湯気と共に誰かが出て来た。


「えっ!」


 お互いに目が会う。


 上半身裸でバスタオルを首に掛けただけのトラブルだった。





 約10時間前。


 トラブルはメンバー達より遅い便で台北入りし、そのままコンサート会場で作業をしていた。


 限られた空間でセットを組むのは想像以上に大変だった。新人は、あの日以来出勤して来ないので人手不足でもある。


 1つ1つ正常に機能するかチェックをする。照明さんとは、メンバー達の顔に影が出来ないか。音響さんとは、音とタイミングを合わせてセット交換の動きを確認していく。


 今回はDVD化されるので特に失敗は許されない。


 ソン・シムの指示のもと、確認に確認を重ね、ホテルへ戻った時には午前1時になっていた。


 ブーツを脱ぎ、服を脱ぎ捨ててベッドへ潜り込んだ。


 翌朝。


 いつも朝は6時には起きてランニングをするが、さすがに今朝は7時を過ぎていた。


 始めての事ばかりで頭も疲れた。体力には自信があるが男社会の理由がよく分かった。


(んー?)


 見知らぬ派手なトランクが置いてある。


(うーむ。とにかくシャワーを浴びて頭を目覚めさせよう…… )






 わぁっ! と、トラブルはバスルームへ逃げ込む。


(テオだ。テオがベッドにいる。いや、私が寝てたベッドじゃない。隣にいたのか? いや、昨夜はいなかった。トランクもなかったはずだ。いつ入ってきたんだ? シャワー中か? いや、シャワーの前にトランクはあった)


 バスルームのドアに背を当てて脳をフル回転させる。揺れる瞳孔を止めるため、深呼吸を繰り返した。


(とにかく落ち着こう。まず、着るものを取らなくては。パンツ履いててよかったー)


 バスルームから首だけを出し、手であっち向いてと、合図をする。


 ベッドの上でポカンとしていたテオは、それでも素直に後ろを向いた。


 トラブルはバスタオルを巻き、そっと部屋へ。


 鞄から服を取り出し、椅子に掛かっているズボンを取る。バスルームへ戻る直前に、いいよと、指をパチンと鳴らした。


(これがジョンの言っていたトラブルの合図かぁ)


 テオは向き直る。


 トラブルは濡れた髪もそのままに『何かの手違いなので部屋を変えてもらいます』と、筆談で言う。


「はい。トラブル、字が綺麗だねー」


 笑顔を向けるテオ。


 トラブルは無表情のまま返事をせずに、続けてメモを書いた。


『朝食のラウンジに台湾のスタッフマネージャーがいるはずです。話をしておきます。時間がないので早めに食べに行って下さい』

「うん。でも、僕、ラウンジの場所が分かりません」


 カクっと頭を下げるトラブル。


『では、一緒に行きましょう』

「はい。トイレに行くから待ってて」


 テオを待つ間にブーツを履き、リュックを背負い、鞄を肩に掛ける。


 テオの着替えを待ち、一緒に部屋を出た。





「テオ、遅いよー。こっち…… い⁈ 」


 声を掛けたノエルは、2人が一緒に入って来たので驚いた。


 周りのスタッフも2人に気が付き、ざわつきが広がる。


 トラブルは真っ直ぐ台湾スタッフマネージャーに向かい、ルームキーを見せてテオと同室になっていると伝えた。


「そ、それは申し訳ありません。すぐにお部屋をご用意いたします」


 ほっとしたトラブルは、とりあえず荷物を置き、隅のテーブルについた。


 テオはメンバー達のテーブルに走りより、ノエルの隣に座った。


「同室って、どういう事?」

「朝、起きたらね、トラブルがシャワーから出て来てビックリしたよ」

「意味、分かんないんだけど!」


「だからー」と、説明するテオ。


「そんな事ある?」

「普通、誰かが寝ていたら気が付くだろ」

「昨日の状況じゃ、私も気が付かなかったと思いますよ」

「ねえ、トラブルのパジャマ見た?」


 ジョンの無邪気な質問に、バスルームから出て来たトラブルを思い出してテオは顔を赤くする。


「何で赤くなるの?」

「テオ、何を見たのですか?」

「言え! 言うんだ!」

「黒のパンツ…… 」


 小声で言う。


「どわぁー」「ひゃー」と、ジョンとノエルが奇声をあげた。


「セスに謝れっ」と、ノエルは叫ぶ。

「俺⁈ 」

「すみません」

「何で謝る⁈ 」


 セス以外の4人は笑い転げ、昨日の疲れは吹き飛んだ。





 皆がセスをからかっている頃、トラブルはとうに朝食を終え、ホテルのデスクの前にいた。


 台湾のスタッフマネージャーと支配人が頭を下げる。


「この度のコンサートで海外からのお客様も多く、現在、満室でございまして。近隣のホテルも当たりますので、お時間頂けないでしょうか? とりあえず、お荷物は今のお部屋に置いておいて頂いて」


 トラブルは、しょうがないと立ち上がり、自分のアドレスを置いて行った。


 荷物を部屋へ戻し、ソン・シムと合流してコンサート会場へ向かう。





 昼の便でパク・ユンホも台湾入りをした。コンサート会場でトラブルと合流する。


 トラブルは手話で、パクに矢継ぎ早に質問をする。


今朝の血糖値は? インスリンは何単位打ちましたか? 血圧は測ってますか? 体調に変化は? お酒は飲んでいませんね?


 パクは「はい、はい、はいはい」と、適当に返事をした後「君は随分と機嫌が良いね」と、ニヤリと笑う。


 トラブルは、寝不足でハイになっているだけですと、答えて立ち去った。


 アシスタントのキム・ミンジュが驚いた顔を見せた。


「トラブルが返事をするなんて珍しい。どうしたんでしょうね」

「機嫌が良いのだろうよ」


 パクは目を細める。




 朝食を終えたテオは、トラブルの荷物が部屋にあり、少しホッとしていた。


(そんなに、嫌われていないのかも)


 椅子に掛けてあるトラブルのパーカーを丁寧にハンガーに掛け直し、クローゼットにしまう。


 自分の荷物の整理をして、ひと眠りした。


 ちょうど眠りが浅くなったところをマネージャーの電話で起こされ、シャワーを浴びてメンバー達とランチを摂る。


 そして、移動車で会場へ向かった。

 

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