第18話 チョコレートケーキ


 台湾コンサートのスケジュールが変更された。


 2dayの予定がチケットの完売が早く、急遽きゅうきょ3日目の昼に追加公演が行われることになった。


 その為、前日の台湾入りを早めて3日目に行う予定だった取材や収録を行う。当然、元々の予定もだ。


 台湾入り前日のスケジュールも目一杯なので「死ぬな」が、メンバー達の一致した意見だった。


 慢性的な睡眠不足の中、コンサートの打ち合わせとダンスリハーサルが続く。


 昼、トラブルが診察に訪れても練習室で楽曲の順番と動きの確認作業が続いている事が多くなってきていた。


 一連の流れを何度も繰り返し体に覚えさせる。


 じっと、練習室の隅で見ていたトラブルが振付師にメモを渡した。


「え。ゼノ、股関節が痛むのか?」

「実は…… 」


 2、3日前から市販の痛み止めで誤魔化していた。


「ちょっと休憩にしよう」


 マネージャーを呼び、痛みの事を伝える。


「今日、スポーツトレーナーが休みなんですよ。病院に行った方がいいかなー」


 マネージャーが頭を悩ませている時、トラブルは控え室で他のメンバー達を診察していた。


 4人とも疲労がピークに達している。


 トラブルは4人にペットボトルの水を配った。


「飲めばいいの?」


 4人は素直にその水を飲む。トラブルは水を飲み終えたジョンから椅子に座らせ、背に寄り掛からせると顔にタオルを掛けた。


 後ろから肩を揉む。


「あー……」と、ジョンが言った途端に寝息に変わる。


「嘘でしょ⁈ 寝たの? さすがジョン」


 ノエルが笑いながら髪をかき上げる。


 次、ノエル。と、手招きをして椅子に座らせ、また顔にタオルを掛けて今度はこめかみを揉む。


 途端に、スーッと寝息が聞こえて来る。


「トラブル、何やっているんだ⁈ 」


 セスが眉間にシワを寄せると、トラブルはメモを書いて見せた。


『私の得意技です。寝かしつけ』


「寝かしつけ⁈ 赤ん坊か!」


 セスが驚いていると、トラブルは次はテオと、ジェスチャーで呼ぶ。


 テオを机にうつ伏せにさせ、やはり頭にタオルを掛けて肩甲骨を揉む。テオは、なかなか寝ない。が、しばらくして寝息が聞こえて来た。


 次と、トラブルはセスに合図を送る。


「俺は必要ない」


 トラブルは問答無用でセスの顔にタオルを掛けると、手を揉み始める。


 手の平から手首、肘にかかった頃には、もうセスもぐっすりだ。


 マネージャーとゼノが控え室に戻って来た。


 死んだ様に眠るメンバー達を見て、何だ⁉︎ と、マネージャーは驚く。


「あー、いいですね。私も寝たいですよ」


 ゼノは皆んなを見回して苦笑いをする。


『トレーナーは?』


 トラブルはマネージャーにメモで聞いた。


「連絡が付きません。本人は医務室に行くほどのことはないと言うし…… 」


 マネージャーは困り顔だ。


 トラブルはゼノの手を引いて、部屋の隅の簡易ベッドに横にさせる。


 メモでマネージャーに『腰椎ベルトは2本ありますか?』と聞く。


「はい、あります」


 マネージャーからベルトを受け取り、ゼノの股関節を寄せる様に強めに巻き、もう1本で両膝をグッと寄せた。


「あー。これ、気持ちいいです」


 トラブルはゼノの顔にタオルを掛け、首の下に手を入れて揉む。ゼノも例外なく、すぐに入眠した。


 マネージャーは、信じられないとトラブルを見る。


(それだけ疲れていると言うことですよ……)


 90分は寝かせたいと、マネージャーに伝える。


「今日は、夜に夕飯を食べながら雑誌の取材と深夜のラジオ出演だけなので可能です。振り付けの先生に伝えて来ます」

『1時間後に昼食を届けさせて下さい』


「はいっ」と、マネージャーは走る。


 トラブルは5人の寝息を聞きながら、静かに本を読んで起床時間を待った。 




 昼食が届いた頃、テオが目覚めた。


 トラブルが『トイレに行って来て下さい』と、メモで指示をする。


 テオは素直にうなずき、ボーっとしたままトイレへ向かう。


 その間に水と昼食を広げて食事の用意をする。


 戻ったテオは「1時間、寝てたんだー。あー、こんなにスッキリしたの、いつぶりだろう。お腹空いたー」と、箸を割る。


「いい匂いだねー」


 匂いに誘われてノエルが目覚めた。テオに「トイレが先」と、言われて素直に従う。


「僕、いつの間に寝ちゃったんだろ」


 寝ぼけ眼で、テオと向き合って食べ始める。


 トラブルは残り3人のタオルをめくって顔を見ていた。


「何してんの?トラブル」


 テオの質問にトラブルは、目を見ていると、ジェスチャーで伝える。


 セスの顔をのぞいたトラブルは、そのままタオルを外した。


 セスの肩を叩くと、すぐに目を開ける。


「もう朝か?」


 寝ぼけるセスに笑う2人。


「はい、トイレ行ってー」と、テオが元気に言う。


 トイレから戻ったセスが寝ているゼノに気付いた。


「ゼノは大丈夫なのか?」


 トラブルはうなずく。


「そうか」と、セスもテイクアウトの蓋を開ける。


「お前ら食いすぎだろ。ゼノとジョンの分をとっておかないと怒られるぞ」

「すごく空腹だったんだもん」と、ノエルがふくれて見せた。


 セスはマネージャーに連絡をして、料理の追加を依頼した。


「甘い物も食べたい!」

「僕も!」


 テオとノエル。幼馴染みの2人は笑い合う。


 トラブルがゼノのタオルを取り、肩を叩いた。


「うーん?」


 起き上がろうとするゼノを止め、腰椎ベルトを外す。右足を曲げさせ股関節を回した。


 痛い?と、口パクで聞く。


「痛くないです」


 左足も同様に回す。


 ゼノは、痛くないと、返事をした。


 ベッドの脇に立たせる。トントンと跳ねて見せ、ゼノに真似をさせる。


「うん、痛みません」


 テオが、すかさず「はい、トイレー!」


 ゼノは笑顔で従った。


 トラブルが時計とジョンの寝顔を見て眉間にシワを寄せた。急性眼球運動が現れない。これ以上寝かすと夜にひびく。


「ジョンを起こすのは、至難の業だよー」


 ノエルが笑いながら言う。


 仕方がないと、トラブルはジョンの顔を右に倒し、首筋を下から上へ、親指でグイッと押し上げた。


「イデー! 」と、ジョンは一発で飛び起きた。


 大笑いする4人。


「はい、トイレー」


 テオは笑い涙を拭いて言う。


 追加の料理が届けられた。


「久しぶりに食事をしている気がする」

「最後に食べたのいつだっけ」

「美味しいですね」


 セスが、皆が寝ていく状況を話して聞かせた。


「嘘だー、そんなに早く寝てないよ」と、ジョンは口を尖らせる。


「お前は秒だったぞ」


 また、大笑いの4人。


 トラブルは部屋の隅で立って見ていた。


「ねえ、トラブル。なんで、ゼノの足の痛みが分かったの?」


 テオが口をもぐもぐさせながら聞く。


 トラブルは口パクで、見ればわかると、素っ気ない。


「トラブルも食べなよー」


 テオが誘うが、トラブルはいらないと、首を振った。


「ケーキもあるよー」と、ノエルが箱を持って近づく。


 トラブルはチラリと中を見て、迷わずチョコレートケーキを取った。


「トラブルの好きなもの発見!」

「チョコレートケーキだぁ!」

「だぁぁ!」


(まったく…… )


 憎めない奴らだと思う。


 その後、メンバー達はメイクのユミちゃんに化粧ノリを褒められた。


「たっぷり寝たからねー」


 皆で笑い合う。


 衣装を身につけ、車で移動する。現場が近づくにつれ、メンバー達はまるで別人の様に仕事の顔に変わって行く。


 マネージャーは普段との、この落差に他のアイドルにはないプロ意識の高さを感じていた。


 深夜のラジオ出演も元気に終わらせ、宿舎へ帰る。


 順番にシャワーを浴び、誰ともなく「水を飲んで寝よう!」と、今日は酒を飲まずにベッドに入った。





《あとがき》

 ご拝読ありがとうございます。

 この寝かしつけはヌンの得意技でもあります。

 寝酒は逆効果ですよー。

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