第13話 ゴンドラ大破

 

 ゼノの運転で全員で会社に向かう。代表には連絡済みだ。


「ゴンドラって、どんなのかなぁ」

「結婚式みたいな?」

「やだよー!それー!」


 下の3人はケラケラと笑い合う。





 社内で1番広いスタジオに顔を出すと、何も聞かされてなかったソン・シムは驚いて出迎えた。


「あまりにもヒマを持て余していまして……代表に聞いて来ました」と、ゼノが説明をした。


 大きな足場が目に入り「おー!スゲー!」と、ジョンがはしゃぎ出す。


 ゴンドラは上から下りて来る所だった。


「結構、高いね」


 怖がりのテオは見上げただけで、すでに腰が引けている。


「会場は、もっと高いですよー」


 ゼノが脅かす様に言う。


「無理かも」


 ノエルまでもが不安を口にした。


「僕!乗りたい!」


 怖いモノ知らずのジョンが手を挙げた。それを聞いたソン・シムはスタジオの奥に向かって叫ぶ。


「おーい!トラブル!」


 トラブルはゴンドラの操作盤を持って現れた。メンバー達の姿を見ても顔色一つ変えない。


「ジョンがテストを手伝ってくれるそうだ」


 ソン・シムの言葉にトラブルはうなずき、ゴンドラの扉を開けた。


 ジョンは笑顔で乗り込む。

 

 トラブルはゴンドラ内部のベルトをジョンの腰に固定してゴンドラを降り、外から扉の鍵を掛けて操作盤を触り始めた。


 ソン・シムと他のスタッフがトラブルの持つ操作盤をのぞきながら何やら話をした後、ソン・シムが「それでは動きます」と、合図を出す。


 低いモーター音と共にゴンドラは高い足場に向かって登り始めた。


 メンバー達は「おー!」と、それを追い掛ける。


 高度が上がり、テオとノエルは興奮して手を振りファンの様に声をあげた。


「こっち向いて〜!ジョン〜!」


 ジョンもノリノリで歌い出し、ダンスを踊り、身を乗り出してファンに手を振る仕草をした。


 ゴンドラが上下左右に揺れる。


(まずい……)と、ソンとトラブルは思った。


 ゴンドラが最頂点に達した時、バチンッと大きな音が響いた。ジョンは首をすくめて上を見る。


 トラブルは操作盤をソンに渡し、ダメだと、ジェスチャーで伝える。


 ソンが操作盤を操ってもゴンドラは止まったままで動かなくなった。


 トラブルは足場をスルスルと猿の様に登って行く。


 ソンはメンバー達に「離れて」と、指示を出した。


 足場を登り切りったトラブルは、怯えるジョンを尻目にゴンドラを吊す滑車を見る。やはり、ワイヤーが摩耗まもうし、切れて半分の太さになっていた。切れた部分が滑車に挟まり動かなくなっている。


 まずはジョンの安全確保だ。トラブルはジョンに、こっちに来てと、合図する。足場に乗り移ってもらう計画だ。


 ジョンはトラブルが伝える意味を理解して自分の腰のベルトを外そうとした。しかし、ベルトの留め金が固くて外れない。


 ジョンがてこずっていると、突然、バチーンッと大きな音がしてすり減ったワイヤーの1本が完全に切れた。


 切れたワイヤーは放物線を描き、トラブルの顔すれすれにかすめて足場に絡まった。ゴンドラは大きく傾き、足場から2メートルほど離れた場所で停止した。


 3本のワイヤーで斜めにぶら下がるゴンドラの中でジョンはただ、しがみ付いているしかなかった。


(こちらに移ってもらうのは無理だ。仕方がない)


 トラブルは素早く3本のワイヤーの耐荷重量と自分とジョンの体重を計算した。そして、一歩下がり体勢を低くする。


「やめろ!トラブル!」


 ソン・シムが、何をするつもりか気付いた時、トラブルはすでに飛んでいた。


「わひゃー!」


 メンバー達とスタッフの悲鳴がこだまする。


 揺れるゴンドラで、ジョンが目を開けると、トラブルは両脇でゴンドラの手すりをつかみ、ぶら下がっていた。


 ジョンは咄嗟とっさに手を伸ばし、トラブルの腕をつかむ。しかし、腰のベルトが皮フに食い込んで片手を伸ばすのが精一杯だった。


 トラブルは足を上げ、なんとかゴンドラに乗り込んだ。すぐに3本のワイヤーを点検する。


 ワイヤーを見上げる首に昨日の傷が見えた。


 トラブルは腰の工具ベルトからメモと鉛筆を取り出して何かを書く。そして、指をパチンと鳴らした。


 ソン・シム始め、その場にいるスタッフがトラブルに注目した。


 トラブルは見上げるソンに向かってメモを落とす。ソンが拾い、大声で読み上げた。


「3本のワイヤーは異常なし。絡まっているワイヤーを切りゴンドラを下に降ろす。準備室のマットを用意!」


 スタッフが慌ただしく動き出す。


 再び、頭上で指がパチンと鳴る。ソンが見上げると、すでにメモは落ちて来ていた。


「ワイヤーが切れたらブレーキをON。最大減速で。向かって左に飛び降ります⁈」


 ソンは驚いてトラブルを見上げた。


「飛び降りる⁈」

「無茶ですよ!」

「ハシゴとか、ないの?」


 メンバー達は取り乱してソンに迫る。


「倉庫に取りに行っていたら往復で15分は掛かってしまう。この高さから落下するよりはマシです」


 トラブルは上から強くうなずいて見せた。


 ソン・シム含めスタッフ達は、すでにトラブルの指揮下だった。


 マットが到着し落下予測地点に置かれた。トラブルは指をパチンと鳴らし、もっと左と、手で合図する。スタッフが動かしてOKを出す。


 トラブルが指を鳴らした。今度はジョンに対してだ。


 ジョンは指が鳴ったらトラブルが呼んでいる意味だと気付いた。


 トラブルは工具ベルトから電動カッターを取り出し、ベルトを切ると、指を差した。


「うん、分かった」


 ジョンは大人しく従い、トラブルは自由になったジョンをゴンドラの中央で足場向きに立たせて両手で手すりにつかまらせる。


 ジェスチャーで《ワイヤー切る》《ゴンドラ落ちる》《マットに飛ぶ》と、説明した。


「分かった」


 トラブルは、いい子だと、口パクで言う。


 ゴンドラの扉を開けて結束バンドで固定する。工具ベルトを腰から外し、下に投げ下ろした。


 足場に絡んだワイヤーを切る際、トラブルはゴンドラから身を乗り出したが手が届かない。さらに、身を乗り出すと片足が浮いた。


 思わずジョンがトラブルの腰を押さえると、トラブルは身を起こしてジョンを元の位置に押し戻した。


 ここにいて、と手で言い、今度はゴンドラの外側に左手でぶら下がり、右手でワイヤーを切り始める。


「切れるぞ!ブレーキの準備をしろ!」


 ソンが叫んだと同時にワイヤーは切れた。


 ゴンドラは前後に大きく揺れ、傾いたまま滑り落ちる。

 

 トラブルはゴンドラ内部に飛び乗り、ジョンを抱きしめた。


 やはりブレーキの効きは悪く、3本のワイヤーは火花を散らして派手な音を立てる。


 トラブルはジョンの肩越しに落下地点を見つめた。


 ゴンドラが床にぶつかる直前、トラブルはジョンを抱いたままゴンドラから飛び出した。敷かれたマットに弾かれるが、その瞬間、トラブルはジョンを押し戻した。


 ジョンはギリギリでマットの端に止まる。その顔は目を見開き、放心状態だった。


 トラブルはマットの向こう側、コンクリートの床に叩きつけられた。苦痛な表情を浮かべ動けない。


 ゴンドラは凄まじい音を響かせて大破した。

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