第12話 セスの過去


「俺が作曲を始めたのは12歳の頃で、両親は13歳の誕生日に機材をプレゼントしてくれた。文字通り寝食忘れて1曲作ってコンテストに応募したんだ」


 セスは鼻でフッと笑う。


「佳作にもならなかったけど、ある音楽会社から電話があって『もう1曲作ってみないか』って……必死に締め切りを守って送ったさ。そしたら、才能があるから、もう1曲作ってみろと言われて…… 両親は騙されている可能性があるから待てって言ったんだよ。でも俺は聞く耳を持たなかった。絞り出す様に作って送ったさ」


 大きく深呼吸をして続けた。


「そして、その音楽会社と連絡が取れなくなった。騙されたと認めたくなくて、違う音楽会社にその曲を送ったんだ。で、『今度うちから出る曲とソックリだ。どこから盗んだ』だと。両親は警察や弁護士に相談したがダメだった。『もう辞めろ。もう忘れろ』と言われたさ」


 セスはゼノを見上げて、うーんと伸びをする。


「俺は曲作りを止めなかった。次は契約書を交わしてから楽曲を渡そうとしたんだ。でも、俺は未成年で実績もない。おふくろが代理人になって…… 結局、金を払ってもらえなくて、また曲だけられてしまった」


 セスは弱々しく笑った。


「13歳の頭には、なんの音楽も流れなくなった。おやじは、おふくろを責めた。なぜ止めさせなかったのかとな。2人のケンカを聞きながら俺は死ぬ事を考える様になった。『もう自分には何の価値もない』 本気で、そう思ったんだよ」


 自分の頭を指差す。


「音楽が流れなくなったら、死ぬアイデアが次から次へと湧いて出て来た。そして、実践していったんだ。カレーを食べていて『このスプーンで目をくり抜いたら死ねるかも』 思いついたら、即、実践! 何度、救急車に乗ったか覚えていない」


 ゼノは絶句したまま、話に耳を傾けた。


「俺から目を離せなくなったおふくろは、疲れ切ってしまった。で、おやじは俺を病院に入れた。病院でも、面白いほどアイデアが湧いて出て来るんだ。今日、生き残ったら明日はどんな自殺のアイデアが浮かぶのか楽しみなほどにな。寝ている間に拘束服を着せられたよ。『生命いのちを守る為に』ってな。子供の俺は泣いて謝ったよ。『もう、死のうとしませんー』 大声で叫んでも無駄だった。両親の同意は得ていると言うんだ」


 セスは遠くを見て笑った。


「俺から楽曲を盗んだヤツら、こんな事をする医者達、これを許可した両親を『殺してやるー!』と、一晩中叫んださ」


 視線をゼノに戻す。


「翌日から年配の女医が来るようになって…… その医者は俺を椅子に座らせると拘束服を緩めて手を自由にしてくれた。話を聞いてくれて、俺の気持ちの変化を指摘して気付かせてくれたんだ。例えば、死のうとしていたのが、一晩で『殺してやる』に変わったとかな」


 セスは自分の手を見た。そして、ひと息で話す。


「『4曲も作ったの、すごい』と、褒めてくれた。『そうだよ、僕すごいでしょ』と、答えたよ。その医者と話しながら、少しづつ音楽が戻って来るのを感じた。どうせ、いつかは死ぬのだから今じゃなくてもイイと思わせてくれた。退院した時、俺は14歳になっていた」


 フーッと息をく。


「でも、今も、いつ死んでもイイと感じているんだ。死にたいとは思わない。でも、嬉しい時や楽しくて幸せで、これが永遠に続けばイイと感じているのに、頭の片隅で死を恐れていない自分がいるんだ。生きていて良かったと思っているのにな。たぶん、トラブルもそうだ。声が戻らないのは、まだ心が闇にとらわれているからだと思う。俺の手を自由にしてくれた医者みたいに、彼女を自由にさせて、彼女に合わせるんだ。れ物に触る様ではなく自然体で接するのがイイ。トラブルの事を信じて、何があっても面白いと笑い飛ばしてやれば笑顔が戻るかもしれない」


 ゼノはうなずいて、考えながらセスの部屋を出て行った。


 テオとノエルとジョンの3人は、誰ともなくリビングに集まっていた。


「ゴンドラに乗りに行きたい」


 重い空気の中、唐突にテオが言った。


 ノエルは驚いてテオを見る。


「今、この状況で⁈ どんな顔をして会えばイイのさ」


 ゼノは「それ、良いアイデアです」と乗り気になり、理由を説明する。


「どうせ、明日は会わないといけませんよね? ゴンドラを口実に自分達はトラブルに合わせるつもりだと態度で伝えましょう」

「どうせ、ヒマだしねー」


 ジョンの笑顔の一言で、ゴンドラに乗りに行くと決まった。


「ヤッター!」


 テオは勇んで立ち上がる。

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