第245話 悪夢と記者会見


(そうだ。あれは、どこか汚い店の1室……騒ぎを聞きつけて、ただおびえていた。誰も私を見つけませんように……)


 膝を抱えて震えているとライトが当てられた。


 一際ひときわ、体の大きな軍人が部屋に入って来る。


 髪を鷲掴わしづかみにされ、顔を上げさせられる。軍人は写真と見比べ、意味深な笑みを浮かべた。


『見つけたぞ……』


 そう言いながら腕をつかみ、軽々と担ぎ上げて仲間に引き渡した。


 視界が歪む。


 気がつくと、暗い部屋で椅子に縛り付けられていた。


 強いライトを顔に当てられ、何も見えない。


 顔に水を浴びせられる。


 痛い……。

 苦しい……。


 男達の太い怒号が響く。


(何と言っている……?)


『……は……だ!』


(え?)


『お前は……だ!』


(何?)


『お前は誰だ!』






 トラブルはガバッと飛び起きた。


 全身から汗が噴き出している。


(夢……)


 窓の外は、しらみ始めていた。チュンチュンと小鳥の鳴き声が聞こえる。


(久しぶりに見たな……)


 トラブルは悪夢を振り払う様に頭を振る。


 代表に殴られた顎が、ズキズキと痛んだ。


 バスルームに行こうとベッドから立ち上がり、歩き出すと急に眩暈めまいがした。


 ベッドの横に座り込む。


(危ない。起立性低血圧か低血糖か……いずれにしても、何か食べよう……)


 トラブルはゆっくりと立ち上がり、キッチンに向かう。


 キッチンに寄りかかり、食パンにバターを塗ってハムと目玉焼きを乗せ、半分に折って立ったままガブリとかじり付いた。


(あ、やっぱりダメだ……)


 トラブルはヨロヨロと椅子に座り、前の椅子に足を上げて天井を見る。


(睡眠不足と空腹と出血による脳貧血か…… 痛み止めを飲みたいから、このまま、食べよう)


 上を向いたまま、少しづつ食べる。


 眩暈めまいおさまった所で、水を取りに立ち上がる。


 が、やはり体がフワリとれて、足元がおぼつかなくなる。


 急いで水と痛み止めを取り、ベッドに倒れこんだ。


(これは、休まないと無理だなぁ)


 痛み止めを飲んで、ひと眠りする事にした。






「ノエル! 起きて下さい!」

「何? ゼノ、いま何時?」

「会社の前にファンとマスコミが集まって騒ぎになっています!」

「えー? 病院を出た時に、しっかり挨拶したのに?」

「ノエルの賭けが大金になって来ているんですよ!」

「僕の賭けってなんなのさ」

「いいから、早く支度をして下さい。車の中で説明します」


 リビングでは、すでにゼノに叩き起こされたメンバー達が支度したくを整えていた。


「会社の前で記者会見なんだって」


 テオは朝の挨拶もそこそこに、ノエルに言う。


 ノエルは、テオに手伝ってもらいながら洗面と着替えを済ませた。


「何で騒ぎになっているのさ」


 車に乗り込んだノエルは、開口1番にマネージャーに聞いた。


「病院に忍び込んだファンの報道でノエルを知った人達が、ノエルのツアー参加の賭けを知って、賭けを開催する会社が増えたのですよ。で、当然、賭ける人も増え、金額も跳ね上がり、で、忍び込みが賭けの不正操作ではと報道されて、さらに配当金が上がり、当たらないと破産するという人も現れて……世界中で大騒ぎです」


 マネージャーは一息で一気に言い、肩で呼吸をする。


「僕の事だけど、僕、関係ないじゃん」

「これ、原稿です。頭に入れて下さい。世間を騒がせた謝罪と、ツアーに参加する発表です。賭けを終わらせろと代表の命令です」

「これって、僕の仕事なの?」


 ノエルは左手で髪をかき上げる。


「本人の口から言わないとツアーが開始されるまで賭けは止まりません。そんな態度をマスコミの前で見せないで下さいよ」


 車は会社前に到着した。


 しかし、人だかりで駐車場に入る事が出来ない。


 5人は仕方がなく車を降りて、カメラとマイクに追われるように、会社前のエントランスに並んだ。


 激しいフラッシュとファンの黄色い声援がメンバー達に降りかかる。


 ノエルがマイクを受け取ると、マスコミのインタビュアーとファンは声をしずめた。


 5人はマスクを外し、ノエルを中心に横一列に並ぶ。


 全員でお辞儀をした後、口火を切ったのは、アイドルのスキャンダル専門雑誌の記者だった。


「手首を捻挫ねんざしてから今回の骨折まで、長い間、包帯を巻いていましたが、自傷じしょう行為の噂について一言!」


 ノエルの目が “自傷行為⁈ ”と、見開かれる。


 記者達は矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「賭けの存在はご存知でしたか?自身も賭けていますか?」

「負けた方への補償は考えているのですか!」

「今回の病院への侵入騒動は配当金を上げるための自作自演の噂について!」


(ひどい噂が流れているな……)


 ノエルはだんだんと腹が立って来た。


 マネージャーがノエルを後ろからつつき、紙を渡す。


 それは、診断書だった。


 ノエルはマイクをテオに渡し、左手で診断書を広げて見る。


中手骨ちゅうしゅこつ骨折》


(これだけ? トラブルがカルテを見に来たわけが分かったよ……)


 ノエルはテオに紙を渡し、マスコミに見えるように広げてもらう。


 マイクを口に当て、まずは車の中で頭に入れた謝罪の定形文を言った。


「この度は私事で世間をお騒がせ致しまして申し訳ありませんでしたー」


 メンバー全員で頭を下げる。


 ノエルは、セスの様に『バカかっ』と、言い放ちたい気持ちを抑えて、いつもの柔らかい笑顔で続ける。


「手首の捻挫ねんざが長く治らなかった理由はー……セスが何度も編曲するものだから、ジョンが覚えられなくて、練習に付き合っていたら難治性なんちせいの捻挫になっちゃったんだよねー」

「俺のせいにするな」

「それ、今、言う⁈」


 ジョンのツッコミにファンから笑いが起こる。


 笑いが収まるのを待って、ノエルは続けた。


「僕は賭け事をやりませんし、やる方の気持ちは分かりませんが、僕だったら賭け事に使うお金があるなら、会社の慈善事業の投資や寄付に回しますね。どこも資金繰りが大変なんでしょう? ゼノ?」

「うちは大変ではありませんよ!」


 ゼノの狼狽ろうばいぶりに、記者達の目が光る。

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