第246話 ノエルの独壇場


 ノエルは、狼狽ろうばいするゼノと取り囲む記者に優しい笑顔を浮かべながら、語りかけるようにマイクを握る。


「僕の事を心配して病院に来てくれたと信じています。だから、不安でも正直に警察に行って欲しいな。その行動力とスキルを良い事に使って下さいね」


「では、自作自演ではないと⁈」


「手が折れても足が折れても、僕はファンの前から消えたりしません。今回のツアーも参加します」


 記者達は、おーっ!と、ニュース速報に載せるべく、自社に連絡を入れ始める。


 しかし、スキャンダル専門雑誌の記者は動かない。


 何としてでもノエルの自傷行為を立証したいようだ。


「ノエルさん! メンバーとの不仲説が出ていますが!」


 ノエルはマイクを切り、笑顔を浮かべたまま、その記者の耳元に近づく。


 アイドルの思わぬ行動に、記者もマイクを遠ざけた。


「秘密を教えてあげます。骨折した時、MV撮影中だったんだ。最後のシーンで僕の右手とテオの膝が当たった瞬間が映っているはず。その時に折れたんですよ」


「折れた瞬間が映っている⁈」


「かもね。確認してみて」


 ノエルはウインクをして見せ、記者から離れた。


 その記者も自社に連絡を入れ始め、質問者がいなくなった記者会見は終了した。


 ファンに手を振り、メンバー達は社内に入る。


 ロビーでは代表が待っていた。


「よくやったノエル。お疲れさん」


 マネージャーと共に全員で控え室に行き、代表は再びノエルをめる。


「よくやった。お手柄だ。慈善事業の資金繰りの件は余計だったがな」

「本当ですよ。今度は私がマスコミの対象になりましたよ」

「お前は、天才だな」


 セスが珍しくノエルを褒める。


「僕、こういうの得意なんだよねー」


「何、何? 何で皆んな、そんなに褒めるの?」


 テオがジョンと目を見合わせ、首をかしげる。


「バカ。賭けはツアー参加を表明して終わりにしただろ? で、遠回しに批判して配当金の補償はしない方向を示して、慈善事業の資金繰りにマスコミの目を持って行ったって事だよ」

「セス、さすが! 分かってるねー」


 ノエルは流し目で髪をかき上げる。


「病院に忍び込んだファンの味方をしつつ自首を勧めるなんて、僕って好感度アップじゃーん」

「今の顔は、腹黒だけどな」


 ノエルはそんな事、気にしないと、Vサインで応える。


「ねえ、最後、あの記者さんに何を言っていたの?」

「MVに骨折した瞬間が映っているかもって」

「ええ! そんな事、言ったの?」

「ハッ! これでトレンド入りだな」

「本当に、よくやった!」


 代表は満面の笑みだ。


「代表、褒めていいの?」

「何言ってんだテオ、話題になるだろう? それに自傷行為の否定も成功したって事だ」

「あ、そうか……」

「これからは、ノエルに記者会見を頼みますよ。人身掌握術じんしんしょうあくじゅつが恐ろしくズバ抜けていますね」

「僕、得意なの〜」


 ノエルはゼノに可愛いポーズを取って見せる。しかし、すぐに眉間にシワを寄せた。


「イタタ……痛み止め飲まなくっちゃ」

「朝ご飯を食べてからですね。マネージャー、何か買って来て下さい」


 マネージャーは、メンバー達の食べたい物をメモして、控え室を出て行った。


「お前ら、早くから悪かったな。時間はあるから、ゆっくり休んでから仕事に入れ」


 代表は控え室のドアで、テオを振り返る。


「あいつ、休むと連絡があったが何か聞いているか?」

「え、トラブルですか? いえ、何も……」

「そうか……」


 代表は、それ以上は何も言わず出て行った。


 テオは急いでトラブルにラインを送る。


 しかし、朝食が届いても既読は付かなかった。






 トラブルは悪夢と現実の狭間はざまで苦しんでいた。


 眩暈めまいがしてベッドに横になり、入眠すると、追いかけられて捕まる夢を見て飛び起きる。


 寝るのを止めようとベッドから降りると、また、激しい眩暈めまいに襲われ、ベッドに倒れ込む。


 すると、睡魔に襲われ、また悪夢に飛び起きる。


(なんなのこれ……)


 ベッドの上で天井を見て、眠らないように気持ちを引き締める。


(寝ても地獄、起きても地獄か……)


 すーっと、再び眠気が襲ってくる。


(寝てはダメだ! こんな事を繰り返していたら、精神が崩壊する……何か、方法は……考えるんだ)


 まずは、なぜ、こんなにも眠いのか考える。


(確か昨夜は早く寝たはず。悪夢に飛び起きたけれど夜は明けていた。睡眠時間としては充分なはずだ。では、寝る必要はない)


 次に眩暈めまいの原因を探る。


(睡眠不足ではない。とすると、出血と低血糖……いや、食パンと目玉焼きを食べたから、低血糖ではない……空腹感もない)


 貧血症状に行きあたる。


(では、殴られた出血? そんなに失血しっけつしていないはず…… あー、もうすぐ生理になるな。子宮内膜に充血しているとしても、ひどい症状だ……)


 気合を入れて深呼吸をする。


(よし、まずは、体を覚醒かくせいさせて血圧を上げよう)


 トラブルはベッドの上で、足を真っ直ぐ上にあげ、自転車を漕ぐように運動を始めた。


(体が温かくなって来た……)


 次に、うつ伏せになって腰を上げ、猫のポーズを取る。


 腕を立てて四つんいになってみる。


眩暈めまいは出ないな……)


 そのまま、ベッドをズリ落ち、床に座る姿勢で体を起こしてみる。


(少し、危ないか?)


 ベッドに寄りかかり、足を床に投げ出したまま、目をつぶる。


 軽い睡魔がやって来た。


(気持ちいい……このまま、寝てしまいたいー……)

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