第244話 ソヨンの手紙


『トラブル、ナイスタイミング!』

『今、まさに』

『ビールを』

『飲もうと』

『してたよ』

『水で』

『カンパイ』

『したよ』

『セスが』

『俺を』

『巻き込むな』

『って』

『怒ってた』

『トラブルは』

『大丈夫?』


 トラブルは家のテーブルの上に昨日の残り物とケーキを並べ、ケーキから食べ始めていた。


 口が開かないので、小さく切り分けて口に運ぶ。


 トラブルの頰はまるで親不知おやしらずを抜いた時の様に、れていた。


(ナイスタイミングでしたか……)


 ブツ切りのテオのラインに苦笑いしつつ返信を打つ。


『大丈夫です。今日は話が出来なくて、ごめんなさい。ノエルに薬を忘れずに飲ませて下さい。おやすみなさい』


 送信をしてため息をきながら、箸を置く。


(テオ、痛くて食べられないよ……)


 トラブルは痛み止めを飲み、シャワーを浴びて早々にベッドに潜り込んだ。






「トラブルが薬を忘れない様にって。おやすみだって」


 テオがノエルにトラブルのラインを見せる。


「おやすみって早くない?」

「うん、いつもより早いけど、こんなものだよ。で、おやすみなさいの後は既読も付かない」

「会話終了の合図か。本当、色気のない業務連絡だな」


 セスの皮肉に、テオはそれでも幸せだからいいのとスマホを抱きしめる。


「あ! そうだ、ノエル。ソヨンさんからです」


 ゼノはソヨンから預かった封筒を渡す。


「手紙?」


 ノエルは無造作に受け取り、その場で開けようとした。


「ノエル! 部屋で1人で読んだ方が良いのでは?」

「えー、僕、知りたーい」

「そうだよね、ジョン。ゼノ、そう思うなら、こっそり渡してよ」

「まあ、そうですが……」

「はい、ゼノの負け。ノエル、読んでみろ」

「はーい。えーと……」


 テオとジョンがノエルの横から盗み見る。


「なんか、普通のファンレターみたいだね」

「うん、心配していますと、応援していますと、頑張って下さい」

「どれ」


 セスが手紙を取り上げて、ゼノと読んだ。


「ソヨンさんは、ラブレターではないと言っていましたが、本当でしたね」

「なんで、わざわざゼノに渡したんだろ? 明日、会うのに。ねぇ、ノエル?」

「うーん……」

「どうしたの、ノエル」

「なんか、興醒きようざめ。もう少し、面白い子だと思ったんだけどなぁ」

「ひどいですよ。ノエル」


「そうでもないぞ。ここを見てみろよ」


 セスは、封筒の内側にソヨンの字を見つけた。


 そこには、小さくアドレスが書いてあった。


「こんな所に⁈ 見落としちゃうよー」


 ノエルは封筒を見て笑う。


「ソヨンの作戦だな」

「やっぱり、面白い子だったよー」

「ノエル、セス、どういう意味なの?」


 セスはそんな事も分からないのかと呆れて説明をした。


「封筒を開けて、まずは手紙を読むだろ? そこで、手紙に満足したら終わり。これだけ? と、手紙の裏を見たり、封筒を探したら、アドレスを見つけることが出来る。ノエルからメールが届いたら、ノエルは自分の手紙を隅々まで見たって事だ」


「だから?」


 テオとジョンとゼノの3人は首を傾げてセスを見る。


「バカっ」

「ソヨンさんは、僕の気持ちを確かめたんだよ。頭がいいなぁ」

「分からない様な、分からない様な」

「テオ、それ間違ってるから」


「ノエル、ソヨンさんの気持ちをどうするつもりですか?」

「うーん、どうしようかなぁ」

「ノエルが先にちょっかいを出したのですよ?」

「うーん、結論を出さないとダメ? もう少し、楽しみたいなぁ」

「悪い奴だな」

「ノエル、ひど〜い」

もてあそぶつもりはないよ。でも、恋愛の始まる前って楽しいじゃん。好意は持っているけど、恋人になるか親友になるか、宙ぶらりんな感じ。何かキッカケがないとねー」

「気持ちは分かりますが、ソヨンさんは明らかにノエルに好意を持っていますよ」

「そう? 彼女、誰にからかわれても真っ赤になるし、僕が好きっていうか、男性に免疫がないだけだと思うよ。好意を待たれているって知ったからって、白黒つけていたら仕事にならないし、世界中の女の子と付き合うわけには、いかないし」

「まあ、そうですが……」


 真面目なゼノはノエルにうなずきつつも、どこかせない顔をする。


「じゃあ、僕がソヨンさんと付き合う!」


 ジョンが無邪気に手を挙げた。


「お、ジョン、ノエルからソヨンの気持ちを動かせるか⁈」

「やって、ごらん。ジョンに影響されて僕もソヨンさんに本気になるかもねー」

「その余裕がムカつくー!」

「2人とも、ソヨンさんの気持ちを第一に考えてあげて下さいね……」






 トラブルは寝返りを打ち、枕に頭を埋める。


 洗い流したはずの霊安室の匂いが鼻の奥によみがえって来た。


 見つからないように、床に小さくなって座り込む自分。


 トラブルは目をつぶったまま、記憶の底にしまっていた自分の姿を思い出した。


(そうだ、あの時と似ている……)


 色とりどりの、しかし、疲れた色のネオン達。


 アヘンの煙が漂う、路地裏。


 突然、強い光とするどい笛の音が鳴り響き、軍人と警察官が大勢、流れ込んで来る。


 逃げまどう、麻薬中毒者ジャンキーと売人。


 捕まり、悲鳴をあげる娼婦達。


 股間を隠しながら怒りをあらわにする、その客。


(私は、どこにいた……?)

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