第183話 生まれて始めてのケンカ


「ノエル!」


 廊下には、壁に寄り掛かり腕組みをして、気まずそうに笑うノエルが立っていた。


「いつから、そこにいたの?」

「ソファーは、カーテンの隙間から見えちゃうって知っているでしょ? キスするなら診察台の方でしなよ」


 テオの顔が、ボッと赤くなる。


 ノエルは「まったく」と肩をすくめ、同じく赤い顔のトラブルに声をかけた。


「トラブル、テオをもらって行くね」


 トラブルは、ホッとして片手を上げて応える。


 テオはノエルの後ろを、赤い頰を押さえながら付いて歩く。


「僕で良かったよ。他の人に目撃されていたら大騒ぎになっていたよ? 何回目のキスか知らないけど、気を緩め過ぎだよ」

「……めて」

「え?」

「初めて……」

「嘘⁈ 僕、2人の初キス、見ちゃったの⁈」

「うん……」

「あー、なんか、ごめん。立ち去った方が良かったのかー……」

「ううん、僕が戻るのが遅かったから……」


 非常に気まずい空気を変える為、ノエルは違う話題を振る。


「トラブルと日本行きの事、話せた?」

「うん、トラブルは行かない……というか行けないって。平気でいられる自信がないって」

「そうか、残念だね」

「……セスは、分かっていたんだ。だから、あんな、言い方をしてトラブルが断りやすい様にしようと……」(第2章第171話参照)

「負担が大きいって言った事? 確かに、いつもより辛辣しんらつだったけど、そこまで、分かってたかなー」


 2人を乗せたエレベーターは練習室のある階に到着した。


「セスは、分かっていた。トラブルもセスの気持ちに気が付いていた。だから……」


(だから、僕達が医務室を出た後で代表に『セスは』って手話をしていたんだ……僕がトラブルの悩みを長引かせてしまった……)


「ねぇ、ノエル。僕がセスだったら、トラブルの負担はもっと軽かったかな」

「なんだそれ。テオだからトラブルは選んだんでしょう?」

「トラブルは、僕のどこが好きなんだろう……」

「ちょっと、テオ、ストップ」


 ノエルは練習室の廊下で、テオに向き合う。


「ねぇ、テオ。あんな濃厚なラブシーンを見せられた側としては、そんな気持ちでしてたなんて信じられないんだけど」

「どういう意味?」

「言葉がなくても、相手の態度で好いてくれているか、分かるでしょ? 『どこが』なんて終末期カップルの言葉だよ」

「……どういう意味?」

「だからー、相思相愛なんだから、今は理由なんかいらないでしょ? ただ愛し合っていれば、その内、すれ違いとか性格の不一致とか出て来て、それを解決出来れば添いげるし、出来なければ別れる事になるけど、今は、大好きだけ伝えていればいいんだよ」


 テオは幼馴染から目をらした。


「ノエルは何も知らないから……」


 ノエルは少し気分を害した顔をした。


 テオはすねた声を出す。


「僕はトラブルの負担を少しでも減らしたいから、セスならどうするだろうって、考えちゃうんだ」

「セスと比べる方が間違っているでしょ。セスとトラブルは同志なんでしょ?(第2章第84話参照)テオは癒し担当でいいじゃん」

「良くないよ! 僕だって支えになりたいんだ!」

「無理だよ!テオがセスにかなうわけないじゃん! テオがセスよりまさっている所なんて、ファンの数くらいじゃん!」

「そ、そんな風に、思っていたの⁈」

「なんだよ!テオが言わせたんだろ!」

「ノエル!ひどいよ!」

「ひどいのは、テオだよ! 」

「なんで僕が……!」


 2人がつかみ掛かりそうな雰囲気になった時、練習室のドアが開いた。


 ゼノが顔を出し、廊下に人が居ないのを確認してから、後ろ手にドアを閉め、2人と向き合う。

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