第207話 上手く踊れない


「ノエル、大丈夫⁈」


 音楽の終わりを待たずにテオが動きを止めた。


「ごめん。僕がズレちゃったから……」

「ううん、当たってないよ。痛くないから」


 ゼノは肩で息をしたまま、床に落ちている包帯とシーネを拾う。


「まだ、シーネを外すのは危険でしたね」


 ゼノはノエルの右手にシーネを当てて包帯を巻いて行く。


「ジョン、膝を見せてみろ」


 セスは床で大の字になっているジョンに声をかけた。


 ジョンは、悔しそうな目をしてセスを見上げる。


「何だよ、ジョン。上手く出来ないからって俺をにらむなよ」


 ジョンの鼻が赤くなり、涙目になって行く。


 セスは、動けないでいるジョンのスウェットをまくり、大きな音を立てていた膝を見る。


 ジョンの膝は、ジョンの鼻よりも赤くなっていた。


「あんなターンしてたら、膝が割れるぞ」


 ジョンは床に大の字になったまま、腕で顔を隠して嗚咽おえつし始めた。


 涙が頰を伝う。


「ジョン、痛いのですか?」


 ゼノが驚いて駆け寄る。


「悔しいんだよ……僕も、上手く行かなくて悔しい……」


 テオも鼻を赤くして膝を抱え、悔し涙を流す。


「……膝のサポーターがないか聞いて来ます」


 振付師は練習室を出て行った。


 ジョンの嗚咽おえつと鼻をすする音だけが響く。


 ゼノはかける言葉もなく、無言でジョンの膝をさすり続けた。


 セスは壁に寄りかかり下を向く。


 ジョンは嗚咽おえつを止め「チクショー……」と、つぶやいた。


「チクショー……チクショー……」 


 天井をにらみながら、床を拳で叩く。


 重い沈黙の中、ふいに、ノエルが鏡の前に立った。


 鏡に写る自分の姿を見ながら集中する。


 そして、イントロのダンスを踊り出した。


 Aメロ、Bメロと歌いながら、鏡に向かい1人で踊る。


 サビの部分で、まるでファンの前で披露しているような、表情を作り始めた。


 床に大の字になっていたジョンは首を上げ、そんなノエルを見る。


 ノエルは、カメラがそこにある様に視線を送り、時には笑顔、時にはウインクして、想像のファンをかせる。


 ノエルの動きは遅れる事なく、いないファンの声援を一身に受け、弾む様な笑顔で完璧なターンを繰り返した。


 その様子を、じっと見ていたテオが叫んだ。


「分かった! ジョン、僕達が上手く踊れない理由が分かったよ!」


 ジョンは体を起こしてテオを見る。


「見て! ノエルを見て!」


 テオにうながされ、ジョンはノエルの動きを観察した。


 ノエルは、ジョンと目が合うと踊りながら愛嬌たっぷりにウインクをして見せた。


 思わず笑顔になる、ジョン。


 ラストのターンを決め、フィニッシュ。


 ノエルは大袈裟にお辞儀をして見せた。


 ジョンとテオが拍手喝采を送る。ゼノとセスも拍手をした。


「すごいよ、ノエル! ね? ジョン、分かったでしょ? 僕達が上手く踊れないのは、覚えてないからだよ!」


 テオが、どうだと言わんばかりにドヤ顔をする。


「え、うん、それは、分かってるよ。当たり前じゃん」

「違う、違う。覚えてないから遅れて、で、さらに遅れて、上手く踊れなくなる!」

「うん、覚えられないから上手く踊れないんだけど…… えーと、誰か訳して」


 ジョンはゼノに目で助けを求める。


「何度も練習しなさいという事では?」


 ゼノはその視線を目でセスに回した。


「テオの言う『上手く』は、カメラを探して目線を送ったり、表情を作る事だろ? ジョンの言う『上手く』よりも、一段レベルが上の話だ」


 ジョンは口を尖らせる。


「うー、僕は振り付けを覚えるので精一杯なのだー」

「だから、覚えればいいんだよ! ただ、それだけだよ。さあ、ジョン、立ち上がって。ゆっくりやろう」

「う、うん……」


 ジョンは言われるままに立ち上がる。


「ノエル、ジョンのパート出来る?」

「たぶん」

「じゃ、前で踊って。ゼノ、ふしを取って」


 ゼノは立ち上がり、手を打ち鳴らす。


「ファイブ、シックス、セブン、エイッ」


 ノエルを見ながら、ジョンとテオが踊り出す。

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