第284話 ノエルと生理痛


「ありますよ。これを使って下さい」


 ソヨンが使い捨ての歯ブラシをジョンに渡す。


「準備が良いですね」

「はい。どんな事にも対応出来る様に、ユミちゃんに鍛えられましたから」


「さすが。ユミちゃんが僕達をまかせるわけだ」


 ノエルは思った事を口にしただけだが、ソヨンの顔はポッと赤くなった。


(あーあ、やっぱりジョンの負けだな……)


 セスは苦笑いをしながら、トイレに歯磨きに行く。


 1人づつメイク直しを終わらせながら、スタイリストのチェックを受ける。


 私服といえどもセンスを疑われるような事があれば、後々の仕事に響くと代表から言われている。


「テオさんは、爽やかで可愛いらしいですね。ズボンのすそを少しまくり上げておきましょうか。色がにぎやかなのでアクセサリーは控え目に」


「あとの方達はー、見事にシックですね。んー、ノエルさん、ピアスは?」

「あ、さっき外したんだった」

「付けて下さい。ノエルさんはOK」


「セスさんは、ブーツの中にすそを入れましょうか。はい、OK」


「ゼノさん、上着の前を開けてシャツを出して下さい。あー、全部でなくてー……そう、OK」


「ジョンさんはー、まあ……はい、OK」


「僕にも何か言ってよー!」

「まあ、いいかって声が聞こえなかったか?」

「セス、ひどーい!」

「違うよー。ジョンは、そのままでカッコいいって事だよ」


 テオがフォローを入れる。


「本当かなー……」


 ジョンはブツブツと文句を言いながらも、準備を終わらせた。


「あの、ノエルさん。昼分の痛み止めは飲みましたか?」


 ソヨンはトラブルに、ノエルがキチンと薬を飲んでいるか確認する様に頼まれていた。


「あ、まだだ。忘れてたよ」


 ノエルは鞄のなかを探すが、薬が見当たらない。


「ヤバ。また、忘れて来た……」

「ノエル! 僕も持って来ていないよ!」

「テオ、大丈夫だよ。最近、痛くないし」

「痛くなってからじゃ遅いってトラブルに言われてるでしょー!」


 テオが頭を抱えると、ソヨンは錠剤を差し出した。


「あの……これ、痛み止めなんですけど、使えますか?」

「あ、ありがとう。うん、同じ薬だ」


 ノエルは戸惑とまどいながら錠剤を受け取る。


「でも、これ、いいの? ソヨンさんが飲むつもりだったんじゃ……」

「いえ、たまたまバッグに入っていたので大丈夫です」

「そう……ありがとう。もらっとく」


 ノエルが薬を飲むのを待って、メンバー達は出発した。


 ソヨンの言う通り、ラジオ局側は外のファンとメンバー達との質問会を企画していた。


 ラジオDJは「噂通り、時間を守るアイドルです!」と、場を盛り上げる。


「大切な皆さんを、お待たせしませんよ」


 ゼノのリップサービスに、黄色い声援が沸き起こる。


 用意された質問をメンバーそれぞれが答え、写真撮影タイムを終わらせた。


 ラジオブース内に移動し、30分トークした所で5分間の休憩が入る。





 女子トイレでソヨンが、おなかをさすっていた。同僚が声を掛ける。


「ソヨン、あの薬、生理痛のでしょう? ノエルさんにあげちゃって大丈夫なの?」

「うん……会社に帰ればあるから」

「まったく、我慢強いんだからー」


 ソヨンは、おなかをさすりながら、廊下の椅子に座った。


「ほら、暖かくして」と、同僚は膝に上着を掛ける。


 トイレから出てきたセスは、その様子を見ていた。


 しかし、何食わぬ顔でソヨン達の前を通り過ぎ、タレントの控え室に入って行った。





 5分休憩が終わり、後半のトークも順調に進んだ。


 明日からのツアー内容と、最後はソウルで行うと宣伝も忘れず、終始、盛り上がっまま終わらす事が出来た。


 帰り際、ラジオプロデューサーと挨拶を交わす。


「いやー、君達を使うと間違いないという噂は本当だったねー。今度、LAの僕の番組にも出て下さいよ」

「ありがとうございます。是非、呼んで下さい」


 ゼノ始め、メンバー達はプロデューサーに頭を下げてラジオ局を後にした。


 車の中で、ゼノがホッとした声を出す。


「ソヨンさんのお陰で、次につながる仕事が出来ましたね」


 セスは「ああ」と返事をしながら、ノエルに話し掛ける。


「ノエル、会社に戻れば痛み止めはあるのか?」

「んー、たぶん、ない。何で?」

「いや、ソヨンに返した方がいいと思って」

「そうなの?」


 セスは、ラジオ局の廊下で見聞きした事を話す。


「生理痛だろうな」

「ええ⁈ それだけの情報で飛躍してない⁈」

「ノエル。私も、彼女は自分が飲む予定の痛み止めを差し出したと思いますよ」

「そうか……でも、宿舎に置いて来ちゃった」

「ノエル、僕、持ってるから大丈夫だよ」

「テオ、ありがとう。会社に戻ったらソヨンさんに返すね」

「ついでに、今日の礼を伝えて下さい。助かりましたと」

「うん、そうだね。伝えておくよ」


 ノエルは、後ろに流れる景色を見ながらソヨンを思う。


(賢くて、いい子だな……)

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