第283話 サボりではありません!


「ゲストがいるなんて、聞いていませんよ!」


 ゼノは運転するサブマネージャーに向かって叫んだ。


「僕達の他にゲストがいるの? 誰?」


 テオが聞く。


「あ、女優のジ・イェンさんです」


 ノエルの顔色が変わる。


「マジ? それって、NGなんじゃないの?」

「ノエル、どういう意味?」

「ジョン、知らないのか? ノエルの追っ掛けしてる面倒な女だ」

「セス、嫌悪感をき出しにしないで下さい」

「えー、知ってたら体調不良とかに、したのにー」


 ノエルはうんざりとして染まったばかりの髪をかき上げる。


「そうですよね。こういう事は事前に知らせておいてくれないと」

「は、はい。あの、ご存知だと……」


 サブマネージャーは前を向いたまま頭を下げる。


「嫌だなぁ。どんな態度を取っても面倒な事になりそうじゃん」

「ノエル、ノエルなら大丈夫だよ。自然に振舞えば」

「テオ、簡単じゃないんだよー。こういうのって。僕と付き合った事があるって前提で、話しかけて来るんだから」

「そうか。じゃ、僕がジ・イェンさんのファンですって、ノエルを守るよ」

「テオ、ありがたいけど、テオはダメでしょう」


 テオに2度目のスキャンダルはあり得ないと皆は心得ている。


「その必要はないかもな。これ見ろよ。恋人がいるって発表したらしいぞ」


 セスはノエルにスマホの芸能ニュースを見せる。


「本当だ。男性側も熱愛報道を認めたんだ。良かったー、肩の荷が降りたよー」

「マネージャーが、この仕事を受けた理由が分かったな」

「だよねー。普通、受けないよね…… 念の為、ピアスは外しておこう」


 ゼノは「おかしいです」と、セスに、マネージャーからのラインメッセージを見せた。


「セス。マネージャーは、その報道を知らないかもしれませんよ?」

「いや、知ってるさ。だから、受けた。しかし、気を付けるのは同じって事だ」

「なんなの、それー。どうすればいいんだよー!」

 

 ノエルは天を仰ぐ。


「ま、元カレ扱いをして来るだろうな」

「うわー! 仮病を使いたい!」

「百戦錬磨のノエルくんは平気だろ」

「セスー! あ、そうだ。セスが、ジ・イェンさんのファンですって演技してよ」

「何で俺が」

「メイクさん達を僕から奪ったバツですー」

「お前が本音を漏らした結果だろ」


 にらみ合う2人をゼノが止める。


「はいはい。到着しましたよ。出待ちのファンがいますからね。セス、顔を作って下さい。ジ・イェンさんを頼みましたよ」

「なに⁈」


 セスの言葉をさえぎるように、ゼノは車のドアを開けた。


『キャー 』と、ファン達の声が聞こえる。


「セス、顔!」


 ゼノに短く注意されるが、セスはいつも以上の仏頂面ぶっちょうづらでファンの前を通り、ラジオ局に入って行った。





 ラジオブースの前室で、ジ・イェンと挨拶を交わす。


 ジ・イェンは、お腹をさすりながら「今、5ヶ月に入った所です」と、妊娠を明かした。


 驚くメンバー達に、今日のラジオで結婚報告と妊娠を発表すると言った。


 そして、ジ・イェンは更にメンバー達を驚かせた。ノエルに謝罪したのだ。


「本当にファンなんです。不愉快な思いをさせてすみませんでした。これからも、ファンでいて良いですか?」


 ノエルは、もちろんと答え、ジ・イェンはラジオの本番でノエルを気遣った発言をした。


 2人は握手を交わし、30分番組が終了した。


 すぐに移動する。





 昼食中、ゼノはセスにマネージャーとのやり取りを聞かせた。


「ふんっ、サボりじゃなかったか。気にするなって言ったろ」

「はい。ホッとしました。マネージャーの偉大さを見に染みて分かりましたよ」

「で? 午後のラジオの後は?」

「えーと、1時間番組でしたよね?」


 ゼノはサブマネージャーに聞いた。


「は、はい」

「その後は?」

「えっと、6時から明日のスケジュール確認をしましてー、で、えー、監督とスタジオで打ち合わせって書いてあります」

「書いてありますって……え? スタジオで打ち合わせって事は、そこで練習着が必要ですか?」

「あ、あー、たぶん。はい」

「えー! 僕、リュックに突っ込んで来ちゃったよー⁈」


 ジョンがサブマネージャーに向けて言う。


「僕もだよ。まだ、着るなら控え室のハンガーに掛けて来たのに」


 テオもジョンにうなずき、サブマネージャーを見る。


 サブマネージャーは「はぁ」と、ピンと来ない様子で2人を見返した。


「こりゃ、ダメだな」


 セスは、サブマネージャーに背を向けて食べ続ける。


 ソヨンは、そんなメンバー達のやり取りを聞いて「ちょっと、すみません」と、サブマネージャーから、スケジュールの手帳を奪い取った。


 内容をスマホで写真に撮り、手帳はサブマネージャーに返す。


「あの、そろそろメイクを直して、私服を整えましょう。食べ終わった方は歯を磨いて来て下さい」

「まだ、時間はありますよね?」


 ゼノは驚いてソヨンを見る。


「いえ、ラジオ自体は15時からですが、その前にファンと交流会があるみたいですよ?」

「え! そんな事、どこに⁈」


 ゼノはソヨンのスマホをのぞき込む。


「ここです。30分前に集合ですよね? 写真だけなら、こんなに時間は取らないはずです。ファンが取り囲んでいるでしょうから、何かしらのファンサービスの時間を取っているのではないでしょうか」

「そうなのですか?」


 ゼノはサブマネージャーに聞くが、サブマネージャーは「分かりません」と、首を振った。


「言い切ったな」


 セスが鼻で笑う。


 ソヨンは、ゼノに過去の例を挙げ、準備を始めた方が良いと説得をした。


「確かに、ブース前にファンがいっぱいいて、握手と会話を交わした記憶があります」

「今日も、そうだと思っていた方が良いですよ。早く着きすぎても叱られる事はないでしょうし」


 ゼノは大きくうなずく。


「ソヨンさんの言う通りです。ジョン、早く食べて、歯磨きをしますよ」

「へ? 僕、歯ブラシ持って来てない」

「なんでですか!」

「だって、言われなかったもーん」


 大きく息を吸い込み、そして、セスのようにバカっと叫びそうな自分を抑えて、鼻からフーと、吐き出す。


 そんなリーダーの様子に、末っ子はあっけらかんとポテトを口にくわえる。

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