第282話 使えないサブマネージャー


 ソヨンは染めの状態を確認して、ゼノを1番に洗髪した。ドライヤーを軽く当てながら練習着から私服に着替えた方が良いと言う。


 このままコンサートの流れの最終練習をすると思っていたゼノは、なぜソヨンが着替えをうながすのか分からなかった。


 サブマネージャーを呼んで確認を取る。


「昼のラジオまで、練習ではないのですか?」

「え、えーと……ラジオ局まで、片道40分掛かるので、今からヘアメイクして着替えて出た方が……」

「え? 監督や演出の先生方は、来ていないのですか?」

「はい。来ていません」

「ええ? しかし、さっき練習室を使えると……」

「それは、ゼノさんに聞かれたので……」


 確かに自分は「練習室は使えるのか?」と、聞いた。そしてサブマネージャーは「使える」と、答えた。


 それは配線の故障が直り、練習が出来ると取った自分の勘違いだったと反省しつつ、言葉の足りない相手に、開いた口が塞がらない。


 しかし、いつものマネージャーが不在の今はリーダーがしっかりしなくてはと気持ちを切り替える。


「分かりました。今日、1日のスケジュールをすべて教えて下さい。正確に。時間も」

「は、はい。この後、12時30分から30分間ラジオ出演で……」

「待って下さい! 今、11時ですよ⁈ 片道40分って事は、50分には出ていないとアウトですよね⁈」

「は、はぁ……」

「はぁって…… ソヨンさん、急いで下さい。タイムアウトです。10分前に到着としても、あと40分で出ますよ」


「ええ⁈」と、ソヨン達の動きが慌ただしくなる。


 ゼノはメイクをしてもらいながら、午後からの公開ラジオの予定を聞く。


「えっと、公開ラジオは15時からです」

「移動の時間は?」

「えー、20分です」

「では、13時に終わってから、昼食を取ってりですね? 公開ラジオの現場近くで昼にしますか? どこで休憩にしますか?」

「えっと、いつも昼食は皆さんの食べたい物をー……」

「それは、会社で出前を取る時か、時間に余裕のある時です。昼食場所を予約していないのですか⁈」


 語尾が強くなる。


「すみません。すぐに予約します。あの、何が食べたいですか?」

「もう11時過ぎですよ⁈ 選んでいる場合ではないですよね? ラジオ局に近くて、個室を予約出来る所ならどこでも構いません」

「は、はい。えっと、5人ですよね……」


 サブマネージャーは、スマホで検索を始めた。


 ゼノの眉間のシワが深くなる。


「ちょっと待って下さい。メイクさんは同行しないのですか? あなたは? スタッフの数も入れて下さい」

「あ! そ、そうですよね。えっと、全部で何人になるんだ?」


 指を折って数える姿に、ゼノは唖然あぜんとしながら、メンバー達の状況を確認する。


「ノエルは? ノエルは、まだ、流せませんか?」


 ゼノはソヨンに聞く。


「ピンクは入りにくいんです。先に着替えましょうか」

「え! 新しいスウェットなんだよ⁈ 色がついたら悲しいよ」

「ノエル、時間がありません」

「ノエルは着替えに時間が掛かるから、ほら、手伝うよ」


 テオが、ノエルの袖を引っ張り、脱がして行く。


「あーあー、知っていたら前開きの服で来たのにー」

「ノエル、すみませんね。練習着とは、汚れてもいい服という意味だったようです」

「ゼノ、いつもスケジュールを把握してたんじゃないの?」


 ノエルは不満気に言う。


「すみません。細かい所はマネージャーに任せっきりで……」

「普通、そうだろ。あいつがポンコツなだけだ」


 セスは、予約を取る事で頭がいっぱいになっている、サブマネージャーをあごす。


「すみません……それも、私の責任です」

「ったく、気にすんなって。あとは? ノエルだけか?」

「もう少しです」


 ソヨンはノエルにメイクをしながら答える。

他のメイク2人が、髪を乾かしてブローをした。


「はいっ、終わりです!」

「11時35分! 行きましょう!」

「僕、トイレー」

「ジョン! 早くして下さいね。車に乗っていますよ」

「うん」

「うんこ禁止だぞ」

「禁止されても、出るモノは出るのだ〜」

「早くして来て下さい!」

「はーい」


 ソヨンと、もう1人のメイクスタッフ、スタイリストが車に乗り込む。この車には運転手を合わせて4人。


 メンバー専用車両には、運転手のサブマネージャーと合わせて6人が乗り込んだ。


「昼食の予約は取れましたか?」


 ゼノが確認を取ると、サブマネージャーは意気揚々と答えた。


「はい! 14時にフレンチです」

 

 その笑顔に不安がよぎる。


「……まさか、コース料理ではないですよね?」

「え、何か問題でも?」

「30分でコース料理は食べられませんよ!」

「1時間あります」

「移動に20分ですよね? 15時から開始で、15時に到着したら遅刻ですよ」

「あ、そ、そうですね。キャンセルします」

「あなた、運転中でしょ⁈ スマホを貸して下さい。私がやります」


 ゼノはフレンチの店をキャンセルして、セスに助けを求めた。


「このラジオ局の周辺で知っている店はありませんか?」

「あるぞ。個室をおさえた」

「え! 早っ」


「セスは、フレンチって聞いた時点で、すでに探し始めていたんだよー」


 ノエルが笑いながら、セスの肩に手を置く。


「ほら、ここ。アメリカのハンバーガーショップが、ナイフとフォークで食べる小洒落こじゃれた店をオープンさせたんだと。ここならいているし、ノエルも片手で食べられる」

「セス、完璧です」


 ゼノとセスは、パンッとハイタッチした。


 ゼノはホッとひと息つき、マネージャーにラインをして、体調を聞きつつ誠実に謝罪をする。


 マネージャーは、昨夜は腹が立ち、やけ食いをした結果、お腹を壊したと明かした。そして、今日の不在をびた。


 ゼノは、長年を共にしてきたマネージャーのストライキではなかったと、胸を撫で下ろす。


 マネージャーは『今日のラジオのもう1人のゲストはノエルのファンです。同じアクセサリーを身に付けてSNSにアップしたりと熱愛を演じているので、要注意!』と、送って来た。


「ええ⁈ ゲスト⁈」


 思わぬ大声に、メンバー達は驚いてゼノを見た。

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