第503話 仕方がなく


「さあ、ジョン。我々も休みますよ」

「ゲームしていい?」

「部屋でやって下さい」


 ゼノはジョンを部屋に入れ、自分も自室に戻って行った。


 テオのスマホにノエルから着信が入り、そこには『任務完了! シンイーとデートして来まーす』と、明るく書かれていた。それを読んだテオは気持ちが少し軽くなる。


(ノエル、ありがとう。あとは僕の問題だ……)


 テオはキッチンに向かう。


 キッチンで洗い物を終わらせたトラブルは、真顔でこちらに向かって来るテオを見て、背中に緊張が走った。


 とっさに、冷蔵庫からアイスを取り出してテオに差し出す。


 テオは、プッと吹き出した。


「そんなに怖い顔してた?」


 テオのいつもの笑顔を見て、トラブルの緊張は解けた。


 テオはアイスを受け取り、もう一つアイスを取り出してトラブルに渡す。


「部屋で食べよう」


 トラブルは先を行くテオの後ろを付いて行った。


 テオはベッドに座り、アイスを頬張る。


「んー、美味しい。オーストラリアのデザートは甘くてさ……」


 テオは、何をどの様に話せば良いのか分からなかった。頭の中でグルグルと回る言葉と感情を持て余し、口から出た言葉はトラブルの眉をひそめさせる。


「倦怠期なんだって」


倦怠期……ですか?


(誰が?)


「うん、僕達。あの、なんか最近、僕達が上手くいかないのは倦怠期だからだって」


(ノエルに相談したのかな? テオは上手くいってないと感じていたのか……)


私が話をせずに逃げてしまっただけです。


「ううん。僕の椅子はひどい事を言ったから……」

(第2章第483話参照)


(椅子⁈ 僕のって何の事だろう……) 


「あの……いろいろ考えたんだけど、僕は失敗ばかりで、その、多分トラブルの事……理解するのは無理……だと思う」


(あー、そう……そう、結論を出したのね……そう……)


 トラブルはアイスを食べる手を止めて、下を向いた。


「でもね、僕は別れたくないんだよ! きっと、またトラブルを傷付けちゃうだろうし、皆んなに迷惑を掛けるけど、別れたくはないんだ!」


(それは、私から言えって事?)


「傷付けても、迷惑掛けても、理解出来なくても、僕はトラブルが好きなんだよ。昨日から、前に戻れないかなって……トラブルを知る前に戻れないかなって、考えたんだけど、どうしても無理なんだ……僕は、大好きなんだよ」


 テオのすがる様な目を見て、トラブルはアイスをひと口かじった。


 答えないトラブルにテオの不安はつのる。


「あの、僕達はすごく違うよね。でもさ、今の気持ちは同じじゃないのかな。トラブルは今日みたいに皆んなを気遣ってくれて、僕は嬉しいんだ。だから、独り占め出来る時間と出来ない時間を、僕がしっかりと割り切れば、僕達は今を大事に出来ると思うんだけど……言ってる意味分かる?」


分かります。


「良かった。僕ね、離れているとトラブルの事、よく分かる気がするんだ。すごく会いたくなって、抱きしめたくなる。でも、会っているとわがままが出ちゃって、困らせてたよね」


私も離れていると、気付けばテオを考えています。テオに食べさせたいとか、テオならなんて思うかとか。


「うん、僕も同じだよ。これからもこうやって……迷惑を掛けると思うけど、許してくれる?」


はい。こちらこそ、よろしくお願い致します。


「良かったー! 僕達、倦怠期を乗り越えたよね?」


(その考えは、どこから出たんだろう)


倦怠期か分かりませんが、乗り切れた様です。


「あー! こっちに来てー、抱きしめたいー!」


 トラブルは照れた様に笑いながらアイスで顔を隠す。


 テオはその仕草に身をよじった。


「可愛いー! 早く、早く食べちゃって! 僕が食べちゃうから! 早く、食べてー! 食べた〜い!」


(何を言ってんだか……)


 炸裂するテオ語にトラブルは笑う。


 テオは待ち切れず、トラブルのアイスを奪い取り、最後のひと口をパクリと食べた。


 トラブルは(あー……)と、ゴミ箱に投げられるアイスの棒を見ながら、テオに抱きしめられる。


 ギュッと力を入れるテオを口を尖らせて見た。


「ん? チュー……」


 テオも口を尖らせてトラブルに迫る。トラブルは笑いながら、違うと、顔を背けるがテオはトラブルの顎を持って唇を奪った。


 テオの唇の動きが早くなる。背中に回した腕を服の中に入れた。


(こらこら……)


 トラブルはテオを離そうとするがテオは力を込めてトラブルを押し倒した。


(待って。ここでは、やめて)


 拒むトラブルをテオは見下ろす。


「いや? でも、僕、我慢出来ないよ。すごく会いたかったんだ。ね、いやって言わないで。本当に大好きなんだ。お願い、拒否らないで」


 テオはトラブルに手話をするを与えず、服をまくり上げる。


 いつになく強引なテオに、トラブルは拒否をする事も出来ず、仕方なくテオに身を任せた。






 一方、テオに画像を送ったあとのノエルはユミちゃんを急かしていた。


「早く、この酔っ払いメイク落として」

「もー。いきなり、何だったのよー」

「テオとソヨンさんを守る為なんだよー。早く、メイク落としー」

「ノエルさん、このセットは片付けて良いのですか?」


 ソン・シムは焦るノエルに聞く。


「うん。ソン・シムさん、急にありがとうございました。助かりました」

「いえ、このくらいお安い御用ですよ」

「あ。スタッフの皆さんも、ありがとうございました。ユミちゃん! メイク落としー」

「はい、はい。スッピンにしていいの?」

「うん、眉毛も落としちゃって。早くー」

「何をそんなに急いでいるのよ。休みでしょ? どこかに行くの?」

「内緒ー」

「どうせ、テオにアイスでも頼まれているだけでしょ……テオも休みか! 私のトラブルが危ない!」


 ユミちゃんはトラブルにラインを送ろうとするが、ノエルはそれを止めた。


「ユミちゃん。トラブルは危なくないし、僕のメイク落としが先だし。ね?」

「そ、そうね……」


 すっぴんのノエルは走ってタクシーに飛び乗る。


 早る気持ちを抑え、シンイーの待つ、オリンピック公園に向かう。

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