第304話 イン・ルーム・ダイニング


 トラブルはテニスボールをゼノの右のお尻の下に入れた。


 立てた右膝を、ゆっくりと内側に倒す。


「あー、気持ちいいですね」


 次に外側に倒す。


「痛くないです」


 ゼノは目をつぶり、トラブルに身をまかせる。


「ゼノ、ボールが気持ちいいの?」

「はい、指圧されている様で……疲労が取れて行きます。反対側もやりたいですね」


 テオはトラブルの手話を伝えた。


「痛い時は炎症が起きているから安静にしなくちゃダメだってさ」

「うーん。しかし明日の朝、左右のバランスが崩れていそうです」


 トラブルは少し考えて、左のお尻にテニスボールを入れ直し、ゆっくりと左足を内側に曲げさせた。


「あ、その角度は痛みます」


 今度は、外側に曲げて行く。


「んー、痛みませんが違和感が出ます」


 トラブルは、テニスボールを外し、ゼノをうつ伏せにさせる。


 ベッドの上で腰のマッサージを始めた。


「あー、寝てしまいそうです……着替えと食事とシャワーもしてから寝たいので……テオ、ルームサービスのメニューを見て下さい」

「うん。でも、ルームサービスって書いてないよ」


 テオは、ホテルの案内をめくりながら、首をかしげる。


「見せて下さい。ルームサービスがないって事はないと思いますよ」


 ゼノは体を起こし、テオから案内書を受け取った。


「ほら、目次に書いてないでしょ? メニュー表はあるけど、ダイニングって」

「ああ、イン・ルーム・ダイニングの事ですよ。メニューが豊富ですねー。ワゴンかテーブルサービスか選べますよ」

「テーブルサービスって?」

「部屋のテーブルに料理をセッティングしてくれるのですが、私は、あまり部屋に入って欲しくないのでワゴンにします」


 ゼノは、内線電話を掛け、英語でラーメンを注文した。


「ゼノ、せっかくの高級ホテルでラーメン?」

「早く寝たいです。頭も体も疲れました」

「そうだね。ゼノが1番大変だったよね」

「テオも、りが上がって来なくても冷静に対処出来ていて、さすがでしたよ」

「うん、内心焦ったけどね。新曲に行く前に座れないー、誰の横に行くのが自然かなぁって、考えちゃったよ」

「そうですよね。お疲れ様でした。また、明日、頑張りましょう」

「うん、おやすみ。トラブル、行ける?」


 トラブルは、ゼノに湿布を渡す。


「ありがとうございました。本当、トラブルに来てもらって助かりました」


 トラブルは、ゼノに頭をペコッと下げる。


「じゃね」


 テオとトラブルは、部屋を出て行った。


 テオの部屋に2人で入り、テオはイン・ルーム・ダイニングのメニューを広げる。


「うわ。全部、いい値段するなー。こんな贅沢していいのかなぁ。トラブルは何が食べたい?」


 トラブルは、メニューの中に居酒屋メニューを見つけた。


 これと、指を差す。


「串焼き盛り合わせ? もう少し、ムードのあるモノ頼もうよ。え? 嫌? まぁ、食べたいならいいけどさー。うーん、じゃあ、僕はステーキにしよっと」


 テオは、トラブルがメニューを指差すままに注文をした。


 電話を切り「そんなに食べられるの?」と、笑う。


血液を作らなくては、ならないので。


「明日、顔が浮腫むくんじゃうよ?」


私は浮腫むくんでも構わないので。


「まあ、そうだね。1時間くらい掛かるってさ。僕、シャワー浴びてくるね」


 テオがバスルームに消えると、トラブルはテオのカードキーに添えられたメモを盗み見た。


 セスのルームナンバーを記憶する。


 壁のドアは開いたままにしてベッドに横になる。その時、スマホが着信を知らせた。


 トラブルは内容を読み《了解》と、返信した。


(さて、上手く行くかな……)


 ベッドで仰向けになり、目をつぶる。





「トラブル? 寝ちゃったの?」


 テオがシャワーから出て来た。


 トラブルは横になったまま、腕で頭を支えてテオを見る。


「良かったー。全部、食べられないって思っちゃったよ」


 テオはトラブルの横に腰を掛け、髪をでる。


「疲れたよね。あの、気分はどう? 日本に来た感想というか……あ、でも、会場とホテルだけだから、あまり変わらない? 気分」


気分はいいです。空港に着いた途端に、たくさんの日本語を聞いて、書いて、通じて、楽しかったです。漢字もほとんど読めました。バイクで首都高しゅとこうは最高でしたよ。


「うん、ジョンとノエルが東京でバイクなんてアニメみたいだって興奮してたよ」


ご飯が美味しいです。


「日本食、口に合うんだね。日本で育ったからかなぁ」


そうですね……。


(韓国の方が長いけど……私は日本人なのだろうか……)


 心配させまいと、テオに気付かれないように話題を変える。


黄砂が少ないと感じました。


「あ、それ僕も思った! 黄砂、感じないよね。日本は空気がキレイなのかなぁ」


 テオはトラブルの髪を撫で続ける。


 トラブルは猫の様に、テオの手に頬を押し付けた。


「おなかが空いたから、トラブルを食べちゃおー」


 テオは、あーんと、口を開けてトラブルの唇を噛もうとする。と、テオの部屋のドアがノックされた。


「あ、ご飯が来た」


 トラブルにチュッとキスをしてドアを開けに行く。


 支配人とベルスタッフ、ダイニング係の3人でワゴンを3つ運び込んだ。


 それぞれの皿のクロッシュ(ドームカバー)を外し、ナイフとフォーク、箸をセッティングする。


 支配人はトラブルに向かい「御用が御座いましたら、いつでもお申し付け下さい。ごゆっくり、おくつろぎ下さい」と、頭を下げて出て行った。


「すごい。今の人、名札に支配人って書いてあったよ。支配人が運んで来るなんて、人手不足なのかな?」


 トラブルはテオの疑問に、部屋に案内してくれたのも今の支配人でしたと、言う。


「本当? 僕達はベルスタッフの女の人だったよ。さ、ワゴンを窓際に運んでー……ワインを頼んだんだー。そっちに座って」


 テオはワインをグラスに注ぎ、トラブルに渡した。

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