第514話 縛り上げて聞き出そうか?


 その後、テオは、やはりトラブルと別れる事は出来ないと結論を出し、あまり、ため込まずに自分の気持ちを正直に伝える事にして、トラブルと付き合いを続けた。


 トラブルはテオがそう結論付けた事に、始めは素直に喜んだ。


 しかし、日がつにつけ、テオが気持ちを伝えてくる度に、負担を感じ始めていた。


 ある日、トラブルは週末ごとのお泊まりが習慣になっていたユミちゃんに、ポロリと本音をこぼした。


『昨日、髪を切ったら “普通、彼氏に聞いてから切るモノだ” と、不快感をあらわにされました』


「あー、気にする人はするわね」


『新しいベッドカバーに変えた時も “普通、僕に一言、言うものだ” と』


「部屋の模様替えを2人でしたかったんじゃないの?」


『バイトの継続を決めた時も “普通、彼氏に聞くべき” だって』


「そこで、変な虫がついたら困るものねー」


『これは…… “普通” ですか?』


「んー、何でも1人で決めちゃう女の子は可愛げがないって思われるから、彼氏にいちいち聞いてから行動する子が多いかもねー。で、それを理想だと思っているマヌケ男も多いわよ」


『そうでしたか』


(私の感覚がズレていたのか……でも、チェ・ジオンにこんな風に言われた事はなかった……)


「マヌケなテオは放っておいて、私のトラブルは自分で何でも決めればイイのよー。それが、カッコいいんだから〜」


 ユミちゃんにフォローされ抱き付かれてもトラブルの気持ちはハレなかった。


 “普通” の感覚が理解出来ない自分がおかしいのだと、無理矢理、納得してみるが、テオに何かにつけて指摘される度に心がざわついた。


(マズい。私、テオに向かって普通じゃなくて悪かったわねって、叫んでしまいそうだ……)


 トラブルは深呼吸をして、テオの小言をやり過ごした。


(はい、深呼吸ー。ダメだよー。私の方が年上でー、彼は経験が浅くてー、忙しい仕事の合間の癒しにならなくてはー。私も忙しいけどー。それは置いておいてー。はい、もう大丈夫だねー)


 テオと会う度に深呼吸の回数が増えて行く。


 一方のテオは、思った事を口にして、しかもトラブルがすべてを受け入れてくれる事で満足していた。


(前だったら言い合いになったり、僕が言葉を飲み込んだりして、お互いに上手く行ってなかったけど、最近は本当の恋人になって来た気がするなぁ。時々、ノエルが哀れんで来たり、セスが鼻で笑うのが気になるけど……ま、僕達は順調なんだから気にしないもんねー)


 2人の温度差が開いて行くのをノエルとセスは感じていた。


 しかし、ノエルはテオとトラブルの関係が長くはないだろうと悟っていたし、セスはトラブルの努力を無駄にする事もないだろうと放っておく事にしていた。


 テオが良い仕事をしているのに、あえて水を差す必要はないと、だんまりを決め込む2人を尻目に、テオは終始、機嫌良く過ごした。


 マネージャーとゼノは2人の交際が順調であると信じて疑わなかった。


 しかし、末っ子のジョンは違った。


 セスの癒しになっていたジョンは、いつもセスの側にいる事で、少なからずセスの力の影響を受けていた。


 テオがご機嫌でトラブルを語る度に流れる、ノエルとセスの微妙な空気を感じ取っていた。


「ねぇねぇ、テオ。テオはトラブルに不満はないの?」


 ある日、ジョンは2人きりになったタイミングでテオに聞いた。


「んー? そうだなぁ、いて言えばー……」


 テオはジョンの質問に答えた。そして取りつくろう。


「まあ、付き合いが長くなると、そういうモノらしいけどねー」

「ふ〜ん」


 ジョンは、その答えとセス達が流す微妙な空気が繋がらない気がした。


(ノエルもセスもはぐらかして教えてくれないしー……)


 ただ、理由が知りたいという好奇心だけで、トラブルにも聞こうと機会を待った。


 その機会はすぐにやって来た。


 テオが衣装直しで呼ばれ、控え室に4人で待機していると、トラブルが手指消毒用アルコールの交換にやって来た。


 ジョンはここぞとばかりにトラブルに話し掛ける。


「ねえ、トラブル。テオと何かあったの? テオが言ってたんだけどさ……」

「待て! ジョン!」


 セスは慌ててジョンの言葉を遮った。ノエルもセスに加勢する。


「ジョン、それは言っちゃダメ。トラブル、なんでもないよ。どうぞ仕事を続けて」


 トラブルは首を傾げて3人見た。セスに向かい手話をする。


テオが何を言っていたのですか?


「あのね、テオが……」

「バカっ」


 言いかけるジョンの口をセスが塞いだ。


 トラブルの眉間にシワが寄る。


セス、その手を離して下さい。テオが何を言っていたのですか?


「……また、馬鹿げた事を言い出していただけだ。気にするな」


『いただけ』とは、あなたも知っているのですね?


「知らん。でも、聞く必要はない」


それは私が判断します。ジョンを離して下さい。


「……聞かない方がいい事もある」


離す気がないなら、力ずくで……


「分かった。離す」


 セスはジョンの口を塞いでいた手をパッと離した。そして、目で(喋るなよ……)と、ジョンを脅す。


 トラブルはジョンをジッと見て、話を待つ。


 ジョンの視線は部屋を彷徨さまよい、ノエルの顔に止まった。


 ノエルは(シーッ)と、顔をしかめる。


 さすがのジョンも、どうやら、この話は触れてはいけなかったらしい、この状況はマズいと察した。


ジョン、テオは何と言っていたのですか?


「あ、えっと、たいした事じゃ……」


ジョン?


「いや、本当に……」


ジョン。


 トラブルはジョンに向かい足を進める。ジョンは後退あとずさりをして、ついには壁に追い詰められた。


「あ、あー、僕、忘れちゃったー」


 ジョンは白々しく裏返った声で誤魔化す。


言わないつもりですか?


「ううん。忘れちゃったのー」


お願いです。教えて下さい。


「え、あの、だって……」


 真剣な面持おももちのトラブルに、ジョンはチラリとノエルとセスを見る。ノエルは(喋っちゃダメー!)と、頭をブンブンと振った。


「ご、ごめん。トラブル……」


お願いです。


「ごめん……」


 トラブルは仕方がないとジョンの手を取る。


「なに? あの……あー! イター!」


 トラブルはジョンの手首をひねり上げ、背中に回して肩を押し、ジョンの顔面を壁に押し付けた。


「イダダダダー! 腕! 肩!」


 痛がるジョンの背後で、トラブルはセスに向かい(言え)と、口を動かした。


 セスは「バカっ!離せよ!」と、叫ぶ。


 トラブルはさらにジョンの腕を捻り上げた。


「イター! やめて! 離してー! 言うから! 言うから離してよ!」

「ジョン! ダメだよ! 言っちゃダメ! 耐えて!」


 ノエルは半笑いでジョンに加勢する。


「ムリムリ! ごめんなさーい! 言いまーす!」

「バカっ! 言うな! 死んでも言うな!」


 セスの言葉虚しく、ジョンは痛みに負けた。

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