第515話 友達に戻ろう


「最近トラブルがヤラしてくれないってー!」


 トラブルは(えっ?)と、ジョンを離した。


 ジョンは床にひっくり返り、腕を抱える。


 セスはガックリと肩を落とし、ノエルは「あー、あー」と、髪をかき上げた。


 状況がまったく読めないゼノがジョンを助け起こす。


 トラブルは放心状態で空中を見た。


(ヤラしてくれない⁈ え? 気が乗らなくても我慢していたのに? 何? そんな事メンバーに話していたの? え? もっと我慢しろと? これ以上? 我慢を……)


 トラブルは放心状態のまま、控え室を出て行った。







「ジョンー、やらかしちゃったねー」


 ノエルは首を振って、哀れむ様にジョンを見る。


「だって! すごく痛かったんだから! 助けてくれたってイイじゃん!」

「いったい、何がどうしてこうなったのですか?」

「ゼノー、テオはしばらく再起不能になるかもー。ねー、セス」

「ああ、終わりだな。この豚のせいで」


 セスは親指でジョンを指す。


「だって! 助けてくれないんだもん!……そんなに、マズい事しちゃった?」

「ま、時間の問題だったから、早くて良かったんじゃん? 本当はテオから決心して欲しかったけどねー。仕方がないねー」


 ノエルのフォローに聞こえないフォローを浴びて、ジョンは項垂うなだれる。






 トラブルは医務室で自分を責めていた。


(私……結構、言う事を聞いていたつもりだったけど……それがいけなかったのかな。また、失敗した……)


 パソコンの椅子に寄り掛かり、天井を見る。


(このまま一緒にいても……だけどテオのメンタルが崩壊するだろうな……いい男にして別れるってノエルに啖呵たんかを切ったのに……情けない……)

(第2章第120話参照)


 立ち上がりウロウロと歩き回る。


(でも、やっぱり、一緒にはいられない。そうだ、少し冷却時間をおいて……テオをいとおしいと、もう一度思えるか、それともテオの興味が私かられて行くか……今夜、伝えに行こう)


 トラブルは、夜、メンバー達の帰宅を待って、直接伝えに行く決心をした。


 テオの性格上、大事な話をラインで伝えるのは、それだけで傷付くだろうと感じた。そして、宿舎の方がお互いに冷静でいられるとも。


 テオに暴力を振られた事はないが、2人きりの時に切り出すのは、怖さを感じた。






 テオは深夜に帰宅した。


 疲れた体にシャワーを浴びせ、日付が変わった頃ベッドに入る。


(最近、トラブルから寝る前のラインが来ないな……)


 テオは部屋の明かりをリモコンで消す。その時、部屋のドアが音もなく開いた。


 驚いて体を起こす。シルエットの人物は無言だった。


「ノエル? 帰って来たの? ずいぶん早い……」


 そこに立っていたのはトラブルだった。


「トラブル⁈ どうしたの⁈ 」


皆は、まだ仕事ですか?


「ううん。なんか、ジョンを慰める会とか言ってカラオケに行っちゃった。僕は疲れたから帰って来たんだ。ていうか、セスが帰れって」


そうでしたか……。


「何かあったの?」


話しがあります。


「え、なに?」


あの、実は……


 トラブルは自分の気持ちを正直に話した。ジョンのチクリの件は言わず、ただ自分の時間が欲しい事、そして、テオをもう一度好きになりたいので、しばらく離れてみようと提案した。


 晴天の霹靂へきれきのテオはポカンと口を開けてトラブルを見上げる。


「そ、それって、別れたいって事?」


いいえ。少しの時間、1人になりたいのです。


「僕の事、もう一度って……それって今は好きじゃないって事だよね?」


いいえ、好きです。が、テオの時間に合わせていると自分の睡眠時間の確保が難しく、勉強も最近出来ていません。本も読めない状況で……


「本⁈ 本を読む時間が欲しいから僕と会うのをやめるって言うの⁈」


いえ、自分の時間が欲しいのです。


「どのくらい⁈ 1時間? 2時間?」


……1ヶ月くらい。


「1ヶ月⁈ そんなに僕と離れていたいの⁈」


仕事中には会えます。


「当然だよ! ぜんぜん会えなくなったら僕は……僕は嫌だよ。寝ている時に会いに行ったりしないから。そのまま寝ていればイイからさ。起こさないから。ね? トラブルの時間に合わせるからさ」


あなたと私の時間は違い過ぎます。


「それは、僕にもどうしようもないよ。だって僕の仕事は……」


テオも自分の時間がなくて疲れていますよね? 好きなゲームもやれていない位に。


「そ、そうだけど……確かに疲れているけど」


私達は少しの間、自分を見直す時間が必要です。


「見直す……」


明日から1ヶ月間は友人として振る舞いませんか?


「友人……1ヶ月だけ?」


そうです。昔みたいに。


「昔……トラブルは、そうしたいんだね?」


はい。


「分かった。明日から1ヶ月は友達に戻るよ」


理解してくれてありがとう。


「ううん。言いにくい事を言わせてごめんね」


いえ、気分を悪くさせました。ごめんなさい。


「謝らないでよー。あ、僕が先に謝ったのか……」


 2人は顔を見合わせて微笑み合う。


 テオは立ち上がってトラブルにハグをした。


「あー、1ヶ月かぁ。耐えられるかなぁ。最後にしとく?」


バカ。


「だってー、疲れている時って気持ちイイんだよー」


嫌でーす。


「はーい。分かりましたー」


(こうやってアッサリ引いてくれるから、私にヤラせてない自覚がなかったんだな……)


テオ。これからも、よろしくお願いします。


「こちらこそー。1ヶ月は仕事の鬼になります!」


頑張って下さい。


「うん、トラブルもね。握手」


 トラブルはテオの差し出した手を、しっかりと握り返した。






 帰り道、トラブルは勇気を出して良かったと思った。


(もっと泣きつかれるかと思ったけど、テオも成長していた。やっぱり、テオはいい子だ。1ヶ月なんてあっという間。私達は大丈夫だ)


 軽くなった心はバイクのエンジン音も軽快に聴かせる。

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