第412話 ニキビか吹出物か


「えっと……あの……その……」


 ノエルが言葉に詰まり、テオの顔からも血の気が引いて行く。


(僕、ユミちゃんに殺される!)


 その時、2人が付き合っていると知るソヨンが助け舟を出した。


「テオさんは、いつもスタッフの事を気に掛けてくれていますから。トラブルに、ノエルさんの手の具合を報告する様に言われていたのですよね?」

「あら。テオ、そうなの?」

「う、うん、そうなの。あ、そうです」


 視線が泳ぎ、挙動不審なテオを、ユミちゃんはにらみ付ける。


「万が一、私のトラブルに手を出したら、どうなるか……」


 ユミちゃんは親指で喉元をかき切る仕草を見せた。


「はい! 分かっています! もの凄〜く、分かっています!」


 テオはビシッと姿勢を正す。


 ソヨンが再び、助け舟を出す。


「あの、ユミちゃん、メイクでご相談が……ジョンさんのひたいにニキビが出来ていて……」

「なーにー⁈ 太っただけじゃなくて、吹出物ふきでものまで作ったの⁈ 見せなさい!」

「え〜ん、ソヨンさんはニキビって言ってくれたのにー」

「イヤだ! 大きいじゃん!」

「そうなんですー。どんどん大きくなって困ってしまって」

「これ、炎症を起こしているわよ。困ったわねー。えーと、確か先端が白くなって柔らかかったら、膿みを絞り出した方が早くて、硬くて赤い場合は薬で……」


 ユミちゃんはトラブルと勉強した内容を思い出しながらジョンの額の吹出物を観察する。


 ジョンの前髪の生え際に火山の様な赤い山が出来ていた。先端だけがポツリと白くなっている。


「えー、白いけど硬いじゃなーい。こんなの、習ってないわよ。トラブルだったらー……とりあえず、絞ってみましょう」


 ユミちゃんは、ジョンの頭を押さえ、爪で吹出物を力いっぱいつまんでみる。すると、先端の白い部分がブシュッと吹き出し、血がダラダラと流れ出して来た。


「痛ーい!」


 ジョンは痛みから逃れようと、ユミちゃんの手を振り払う。


 ガーゼどころか、ティッシュさえも用意していなかったユミちゃんは、慌てて手で血液を受け止めようとする。しかし、ジョンはおでこを押さえたまま逃げ回り、ひたいの火山のてっぺんから流れ出た血は、ジョンの顔をつたってTシャツを点々と赤く染めた。


「ジョン! 動かないで下さい!」


 ゼノがティッシュでジョンの額を押さえる。


 ジョンは血が付いた自分の手を見て、さらに悲鳴を上げた。


「ひー! 痛いよー!」

「少し、我慢して下さい。止血をしなくては……」


 ゼノは、半泣きのジョンのひたいを押さえたまま、ジョンをソファーに座らせた。


 ユミちゃんは手を洗いながら、首を傾げていた。


「おかしいわねー、尋常性じんじょうせい痤瘡ざそうじゃないのかしら?」


「血、止まった?」


 ジョンがゼノに聞く。ゼノは、そっとティッシュを外し、キズを見た。


「うーん、ジワジワと出ていますね」

「真っ赤な血? それとも浸出液しんしゅつえきが混ざってる?」

「しん……?」

「もう、知らないのー? 見せて」


 ユミちゃんはゼノの手からティッシュを奪い取る。


浸出液しんしゅつえきは無いわねー」

「ユミちゃん。難しい言葉をよく知っていますね」


 ソヨンの言葉にユミちゃんは気を良くする。


「当たり前よー。トラブルと毎日の様に勉強してたんだからー。んー、でも、この後、どうすればいいのか分からないわ」

「トラブルに聞きますか?」

「そうねー。今、韓国は……真夜中だけど、仕方がないわね」


 ユミちゃんはトラブルにラインを送った。


 しばらくして、ビデオ通話が帰って来た。白いシーツの上の寝ぼけ眼のトラブルがうつる。


「いや〜ん、寝起きもカッコいい〜。トラブルごめんねー。ジョンの、おでこに吹出物が出来ちゃって潰したんだけど、血しか出て来なかったのー。でね、薬はどうすればイイのか分からなくて」


 ユミちゃんのスマホをテオがのぞき込む。


「トラブル。今、そっちは何時?」


 トラブルはベッドに起き上がり、スマホを遠くに置き、手話で答えた。


『……12時です。午前……』


「ごめんね。寝たばかりだった?」


『いえ……3時間寝ました』


「9時に寝たの⁈ 早くない⁈」

「ちょっと、テオ。何、私のトラブルと気安く話してんのよ。退きなさいよ」


 ユミちゃんはテオを押し退け、ジョンを引っ張ってくる。


「ほら。ここの、これ。どんどん大きくなって来たんですって」


 トラブルは眉間にシワを寄せ、寝ぼけ眼のままで、まぶしそうにスマホを見る。


『もう少し、近づいて下さい』


「なに? ちょっと、テオ、通訳しなさいよ」

「今、退けって……」

「早くっ。何て言ってるの?」

「トラブル。もう一度、言ってみて」


 スマホの向こうで、トラブルは苦笑いしながら同じ手話をした。


「近づけろって」

「ここよー、見える? ジョン、動かないで!」

「だって、ズキズキするんだよー」


 トラブルは目をすながら、ジッとスマホに目を凝らし、手話をした。


「何か……液? ナニ液? は、出ているかって」

「ナニ液って何よー! あ! 分かった! 浸出液しんしゅつえきの事ね! 血液だけよ」


尋常性じんじょうせい痤瘡ざそうではありません。毛嚢炎もうのうえんですね。排膿をこころみる前に見せて欲しかったですが……抗菌剤の軟膏はありますか?』


「えっと……トラブル。何て言っているのか、さっぱり分からないよ」

「ちょっと! テオ! しっかりしなさいよ!」

「そんな事言われても、難しい言葉が多くて……」

「ソヨン! ソヨンが通訳して!」

「は、はい。あの、もう一度、ゆっくりお願いします」


 トラブルはソヨンに向けて、噛み砕いて言った。


「あー、ニキビでは無く、毛穴にバイ菌が入ったそうです。ニキビ治療薬はダメ。バイ菌を殺す塗り薬はあるかと、聞いています」

「毛穴にバイ菌? あー! 毛嚢炎ね! 習った習った! えーと、なら、この軟膏よね?」


 ユミちゃんは塗り薬を取り出して、トラブルに見せる。トラブルは指でOKを作った。そして、もう一度、手話をした。


『ノエルの痛み止めを、ジョンに飲ませてください。毎日、丁寧に洗って薬を塗る事。メイクは禁止です。髪を上げて、清潔に』


「トラブル、メイク禁止は無理です。その部分だけメイクせずに、髪を下ろして隠すしか……」


 ソヨンはスマホの中のトラブルと、横に立つ、ユミちゃんの顔を見比べながら言う。


「そうよー。今から公演なのにノーメイクは無理よー。んー……ソヨンの案で行くしかないわね」


『では、公演後、しっかりと洗って、薬を塗り忘れない様に。ジョンが触らない様にして下さい。あとが残る可能性があります……おやすみなさい』


「トラブル、ありがとう! 私の夢を見てね。んー、チュッ」


 ユミちゃんはスマホに投げキッスをして、スマホを閉じた。


「よし、ジョン。薬を塗るわよ」

「痛くしないでね〜」

「私を信じなさい」

「ムリ〜」

「なにおー!」


 セスは、後の祭りと知りつつ、皆の後ろでボソッとつぶいた。


「メールにすればイイだろ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る