第413話 人間が乾燥している

 

 ユミちゃんとソヨンは、メンバー達にメイクをほどこして行く。若い練習生を相手にしていたユミちゃんは、メンバー達の肌を指差し、あまりのコンディションの悪さに怒りが爆発した。


「乾燥! あぶら! 乾燥! 乾燥! 乾燥! あんた達、サボり過ぎよ! プロ意識の欠如よ! 加湿して! ジョンは洗顔してあぶらを落として!」

「え〜ん。僕だけ、あぶらって言われたー」


 セスが笑いながらジョンに口を開く。それをジョンは止めた。


「待った!『豚』って言おうとしたでしょー! 分かるんだからね!」

「いいや。『背脂』と、言おうとした」

「さらに、ひどいし!」

「セスー、ジョンが可哀想だよ。やめてあげてよ」

「ふえ〜ん。テオー、優しい〜」

「テオ。『背脂』と聞いて、ジョンの事だと思ったんだな」

「うっ! また! セスにめられた! えーと、えーと……」


 テオが視線を泳がせるのを見て、ジョンはセスをにらむ。


「セス! セスは顔だけじゃなくて、人間が乾燥してます!」


 ノエルが笑う。


「ジョンー、人間が乾燥してるって何なのー」

「カラッカラのパッサパサって事だよ!」

「そんな難しい言葉、よく知っていたねー」

「へへー。テオ、ありがとう」

「テオ! そんな言葉ないから!」

「え! そうなの⁈ でも、すごく分かりやすいよ?」

「テオ語とジョン語の合作だな」


 セスが呆れて言う。ゼノは肩を上げて手を広げ、お手上げと首を振った。


「あんた達! バカな事言ってないで、ほら! 加湿器の前に顔を出しなさい! ジョン! 早くあぶらを取って来い!」


 ユミちゃんに容赦なく怒鳴られ、メンバー達は、いそいそと指示に従う。


 一台の加湿器の前に4人で顔を並べ、テオが小声で皆に聞いた。


「これって、いつまでやるの?」

「さあねー。ユミちゃん次第じゃん?」

「ユミちゃんの殺気がおさまるまでだろ」

「そんなに、乾燥してますかねー?」

「僕は寝る前にパックしてたんだけどなぁ」

「え、ノエル、真面目ー」

「ホテルの乾燥が強いからだろ」

「そうですよね。部屋の加湿器を大きくしてもらいたいですよ」

「濡れたタオルを部屋で振り回すとイイって言うじゃん?」

「嘘⁈ 聞いた事ないよー」

「シャワーのあと、バスルームの扉を開いたままにしておくのもイイらしいぞ」

「部屋がカビて、ホテル側に迷惑が掛かりそうですよ」


 ユミちゃんに叱られない様に4人が大人しくしていると、ジョンが髪まで濡らして戻って来た。


「ジャジャーン! ピカピカになりましたー!」

「あんた!おでこの薬まで取っちやって! どこまでバカなの⁈」


 褒められると思っていたジョンは、一気にしゅんと落ち込む。


「ジョンさん、大丈夫ですよ。皆さん、そろそろ、衣装を付けて下さい。ベースメイクを始めますよ」


 ソヨンの優しさに、ジョンはソヨンにメイクをしてもらいたいと、わがままを言い出した。ソヨンは、おでこのメイクをどうすれば良いのか分からないと、それを断り、ユミちゃんにジョンを任せる。


「痛くしないでね。痛いのイヤだ〜」

「あのね、ジョン。何年、私のメイクを受けて来たの⁈ 私を信じなさい! でも、今、すこーしだけ怒っているから、ごめんねー」


 こめかみの血管はどう見ても少しの怒張どちょうではない。


「あーあー、ジョン。ユミちゃんを怒らせちゃったよ」  


 ノエルが気の毒そうにジョンを見る。ゼノがユミちゃんをフォローした。


「ノエル、ユミちゃんを信じて大丈夫ですよ。どんな事があっても、プロに徹底してくれますからね」

「それは分かってるけどさー。なんか、僕達ってユミちゃんには頭が上がらないよね」

「それは、そうですよ。さんざん面倒を見てもらって来ましたからね」

「ユミちゃんって、いくつなんだろう?」

「歳ですか? 私よりは上だと思いますが……」

「30くらい?」

「……と、思いますよ」

「でも、ゼノが入社した時には、すでにチーフだったんだよね?」

「ああ、そうですね……」

「40近いって事⁈」

「え! それはー……見えませんよね?」

「ゼノ、歳を聞いてみてよ」

「いやいや、女性に年齢を聞くなんて失礼ですよ。こういう事は、ジョンの方が……」

「ゼノ! 今、ジョンが歳を聞いたら、また、血が出るまでつねられちゃうよー! 失礼って言いながら、ジョンに聞かそうとするなんてー」


 ノエルは腹を抱えて笑う。


「はい、出来上がり。どう? 違和感はない?」


 ユミちゃんは鏡の中のジョンを見ながら聞いた。


「うん、大丈夫。すごい、全然、分かんないよ。これ見てー、皆んなー」


 ジョンに呼ばれ、メンバー達が鏡をのぞき込むと、ジョンの額に肌色のテープが火山の大きさに貼られ、テープの周囲がコンシーラーで綺麗に隠されていた。前髪をかぶせると、そこに傷があるとは近づいても分からない。


「えー、どうなってんの⁈ ユミちゃん、すごいねー」


 ノエルに言われ、ユミちゃんは解説をする。


「まず、薬を薄く塗って、絆創膏のガーゼの部分だけを切り取って貼って、テーピング用のテープの角を丸く切って、あとは、固形のコンシーラーで段差をなくして、液体ファンデで馴染ませたのよ」

「これは、汗でがれませんか?」


 ソヨンは感心しつつ、質問をした。


がれるわよ。特殊メイク用ののりがあればイイけど代用品だから。多分、5曲目辺りでアウトね。その後は、汗でテープは貼れなくなるから、これよ」


 ユミちゃんは、ヘアバンドを出す。


「白と黒があるから、使い分ければ衣装に見えるわ。かゆくなっても絶対にいちゃダメよ。血が出たら、止血するまでステージに出られなくなるからね」


 ジョンはユミちゃんの凄技すごわざを見せつけられ、素直に返事をした。


「うん、分かった。ユミちゃん、ありがとう」


 ユミちゃんは、明日、韓国に帰るソヨンに、練習生の1人がアトピー性皮膚炎で特別な配慮が必要だと話して聞かせた。


「いい? 清潔と保湿が基本よ。でも、洗い過ぎてもダメだし、湿潤しつじゅんさせ過ぎてもダメなの。迷う事があったらトラブルに聞いて。いいわね」

「はい。どうして、そんなに詳しいのですか?」

「トラブルのすすめでね、メディカルメイクを勉強中なの。医療メイクの事よ。刺青やニキビ跡を隠す簡単なものから、形成外科医と連携して、手術の傷痕を目立たなくする技術まで、範囲が広くて大変だけど面白いわよ。ソヨンも知っておいた方が役に立つわよ」


 次にユミちゃんは、ソヨンがメイクを終わらせた、乾燥肌4人の顔をチェックした。


「あの、ラスベガスなので、舞台メイク風に少し、大きくアイラインを引いてみました」


 ソヨンはユミちゃんに言う。


 ユミちゃんは「それは、イイんだけど……」と、言い含み、4人に塗ったベースクリームを手に取る。


「ソヨン。あんた、リハーサル見た?」


 ユミちゃんは、少し怒った顔をしてソヨンを見た。

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