第411話 ノエルの大失敗


 アメリカツアー最後の都市、ラスベガスの会場でユミちゃんはツアースタッフと合流した。


 久々の再会にメンバー達は大歓迎をするが、ユミちゃんの第一声はジョンに向けて辛辣しんらつなモノだった。


「あんた、太ったわねー」

「え!そんな事ないよ! 体重は変わってないもん!」


 ジョンはお腹を引っ込める。


「体重の問題じゃないわよ。体型よ、体型。ぷくぷくしちゃってるじゃないのよー」


 ユミちゃんは容赦なくジョンの二の腕をつまむ。


「だって忙しくて、全然、運動出来てないし。ハンバーガーが美味しくて……体重は変わってないから大丈夫だと思ったんだもん」


 口を尖らすジョンに、ゼノはフォローを入れたつもりが藪蛇やぶへびだったと後悔する事になる。


「筋肉が落ちた分、脂肪が付いたのですねー」

「ですねーって、ゼノ。ゼノもぷくぷくよ」

「え!」

「ジョンに付き合って、バカみたいに食べてるからだろ」

「だろって、セス。あなたも相当よ」

「ぐっ!」

「セスー、人の事、言えないじゃーん」

「じゃーんって、ノエルこそ、人の事、言ってる場合じゃないわよ」

「マジッ⁈」

「皆んな、僕を見習いなよー」

「うん、テオは、そうでもないわね。でも、太ったわよ」

「う……」


 ユミちゃんは腰に手を当てる。


「ちょっとー。マネージャーがもっと管理しなくちゃダメよー……って、それどうしたの⁈」

「太りました……10kgほど」

「病気かと思ったわよ!」


 マネージャー共々、久しぶりにユミちゃんの毒舌を浴びているとソヨンが顔を出した。


「ユミちゃーん、お疲れ様です」

「ソヨン! お疲れ様ー! 何か問題はなかった?」

「はい。あの1つだけ……」

「なに?」


 ソヨンはノエルの右腕を持ち上げて、ユミちゃんに見せた。ノエルのギプスにファンデーションがベッタリと付着している。


「何これ。眉とリップも付いてるじゃん。がんたく⁈」

「はいー……あの……」


 ソヨンは伏し目がちにジョンを見た。


 ノエルが笑いながら答える。


「ジョンがさー、コンサート中に、ふざけて僕のギプスで汗を拭いたんだよー」

「は⁈ 何やってんのよ⁈」

「へへー。眉毛なくなって、ソヨンさんに怒られちゃった」

「眉なしで舞台に立ったの⁈」

「うん!」

「元気に答えてんじゃないわよ! 恥ずかしいわねー」


 呆れるユミちゃんに、ソヨンは「で、問題はですね……この顔拓がんたくが消えないんです」と、困り顔で言った。


「消えないって、どういう事⁈」

「あの、石膏に汗と共に染みこんじゃったみたいで、メイク落としでも漂白剤でも消えないんです。流水でジャブジャブ洗う事も出来なくて……」

「だから、この数日、ジョンの顔を付けたままでいるんだよー」


 ノエルとメンバー達は面白そうに笑う。


「見た目にも汚いですし、キレイにしたいのですが……どうやっても消せないんです」

「もー、消せないなら消せばいいじゃない」

「え、え?」

「だからー、発想の転換よ。誰か修正液、持ってない?」


 ノエルが膝を打つ。


「なるほど! ユミちゃん賢いねー」

「でしょー」


 ユミちゃんは、マネージャーから修正液を受け取り、ノエルのギプスに塗り始めた。


「わぁ〜、僕の顔が真っ白になるー」

「ジョン。おバカな事、言ってないでもっと集めて来て」

「ラジャー!」


 ジョンが控え室を飛び出してから、しばらくすると、セスは残念そうに首を振った。


「無いみたいだぞ」

「え、それはどういう意味ですか?」


 セスが答える前に、ジョンが控え室に戻って来た。


「無いよー。皆んな、修正テープだったー」

「あんた、使えないわね!」

「そんな〜」


「マネージャー、買って来て下さい。ノエルの手が中途半端に白くて、かえって目立ってしまっています」

「分かりました」


 マネージャーはゼノに言われ、買い物に出掛けた。


「さすが、ユミちゃんです。助かりました」

「ソヨン、困った時は、トラブルだったらどうするか考えるといいわよ。大抵の問題が解決するわ。あ、そうそう、問題と言えば、チョ・ガンジンの件、聞いた?」

 

 ユミちゃんはゼノに聞いた。ゼノは詳細は聞かされていないと答える。


 ユミちゃんは、ここぞとばかりにスパイ映画さながらに臨場感たっぷりに話して聞かせた。


 子供達にメイクをほどこしながら、又は、練習を見るフリをしながら練習生達からチョ・ガンジンに言われた事や、やられた事をさりげなく聞き出し、ついには、自ら、チョ・ガンジンに引き抜かれる様に仕向け、事務局長を引き込み、そして、作戦を成功させたのは自分の功績だと言わんばかりに熱く語った。


「ユミちゃん、すご〜い!」

「すごいですー」


 ソヨンとジョンの相槌あいづちにユミちゃんの鼻はさらに高くなる。


「でもね、本当に大変だったのはトラブルなのよ」


 ユミちゃんは、トラブルが毎晩のように尾行した結果、不動産屋を突き止めた事、そして、韓国でトップニュースになった、現職警官による女子大生暴行事件のヒーローは、実はトラブルだったと明かした。


「でもね、謎の男もいたらしいのよ。トラブルは知らないんですって。警官をやっつけちゃうなんて、さすが、私のトラブルよねー」


 ユミちゃんがえつに浸っている時、テオは驚きのあまり言葉を失っていた。


(トラブルのケガは、転んだんじゃないの⁈ なんで⁈ )


「あ、あ、あの、ユミちゃん。その警官とか女子大生とか、チョ・ガンジンさんと関係があったの?」

「ないわよ。チョ・ガンジンが、いやらし〜いモーテルに入ったから、トラブルは外で張ってたんですって。で、女の子が襲われているのを助けたのよー。カッコイイわよねー。警官と格闘して、体中、血だらけで死ぬところだったんだからー。私もトラブルに助けられた〜い」

「嘘でしょ……」


 テオはセスの顔を見た。


「セス……ノエルも、気付いていたの⁈」


 セスは目をらし、ノエルはテオの肩に手を掛ける。


「テオー、トラブルから転んだって聞いた時、チョ・ガンジンさん絡みだろうとは思ったけどさ、血だらけとかは分かんなかったよー。言えばテオが心配するだろうからさ、言えなかったんだよ」

「そうだけど、隠すなんて!」


 セスは慌てて顔を上げ、ノエルを見る。そして、ユミちゃんをチラ見して、ため息をいた。


 セスの視線の意味に気付いたノエルから血の気が引いて行く。


「なによ。トラブルは、あんた達に転んだって言ってたの? あらー、私が喋ったって内緒ねー。ん? そういえば、テオ。トラブルとビデオで話していたわね? 『テオが心配する』って、いったいどういう意味⁈」


 ユミちゃんは腕を組んで、眉間にシワを寄せる。

 

(バーカ)


 セスの口はノエルに向かい、そう動いた。

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