第61話 白の写真


 パク・ユンホの声が小さくなり、か細くかすれて行く。


 椅子の背に寄りかかり、汗をかいてハァハァと肩で息をし出した。


 キム・ミンジュがパクに駆け寄る。そして、トラブルを見るが、トラブルは顔を手で覆いテオの腕から動かない。


「先生、先生!」


 キムの声だけが響く。


「トラブル、パク先生の具合が悪そうだよ。助けてあげて」


 テオは言うが、トラブルは顔を上げない。





 パーテーションの裏にもパク・ユンホの体調不良が伝わって来た。


 ノエルが、テオとトラブルから見えない位置に立ち、パクの様子をうかがい見る。


 ノエルは3人に向かって、トラブルが駆け付けていないと、口パクで伝えた。


 ゼノが立ち上がる。パクの元へ行こうとするがセスが制止し、スマホに書いたメモを見せる。


『トラブルを信じろ』


 でも……と、ゼノは大病をわずらうパクをこのままにして良いのか戸惑いを見せた。


 セスはノエルにもスマホの同じメモを見せる。


 ノエルはうなずき、席へ戻る。それを見たゼノは迷いながらも従った。





「トラブル!」


 キム・ミンジュが叫ぶ。しかし、やはりトラブルは動かない。


「トラブル、患者さんを放っておいてはダメだよ」


 テオが優しく言う。


 トラブルはゆっくり顔を上げ、テオを、そして、パク・ユンホを見た。


 じっと観察した後、指をパチンと鳴らす。


 キムがすがる目でトラブルを見た。


 トラブルはキムに向かい、何かをつまんで口に入れる動作を見せた。


「あ、そうか、ブドウ糖か」


 キムが慌ててポケットから固形のブドウ糖を取り出し、パクに食べさせる。


 また、トラブルの指がパチンと鳴った。


 キムは振り返る。


 トラブルは指を2本立てていた。


「あ、2個ね。はい」と、2個目のブドウ糖をパクの口に入れた。そして水を飲ませる。


 しばらくして、椅子に寄り掛かったままのパクの汗は引き、呼吸が落ち着いてきた。カメラバッグに足を乗せて椅子に寄り掛かったまま目をつぶる。


「少し休憩しましょう」


 胸を撫で下ろしたキムが、テオに水を渡す。


 テオは「はぁー」と、上半身裸のままベッドに横になった。


「足と腰がバラバラになる所だったよ」


 うーんと、布団の中でストレッチする。


 トラブルもバスローブで胸元を隠しながらベッドへ寄り掛かり、布団の中で足を伸ばした。


 テオは、撮影の為とはいえ女性と2人でベッドに入るなど初めての経験だった。


 照れ隠しに水を一口飲み、トラブルへ渡すがトラブルは受け取るだけで飲まない。


「トラブル、水分補給をしないと目が落ちくぼんで顔に影が出来てしまうよ。老けて写ってしまうよ」


 トラブルは前を見たまま水を一口飲んだ。


 テオが嬉しそうに笑う。


「トラブルが僕の言う事を聞いてくれた」


 トラブルは返事をせず、無表情のままでパクを見ていた。





 パーテーション裏の4人も、ホッと胸を撫で下ろす。





「さあ、休憩は終わりだ」


 パク・ユンホの頰は赤みを取り戻し、悪巧みを思い付いた笑顔で復活した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る