第62話 白の写真


 キム・ミンジュがベッドを整え、トラブルとテオの姿勢を戻す。


 パク・ユンホは水を一口飲み「さて」と、話し出した。


「テオ、トラブルの背中を見てくれ。右の肩甲骨の下に目立つ傷跡きずあとがあるだろ? 見てくれ、テオ。見せるんだ、トラブル。なぜ、嫌がる? 台湾でテオのファンに踏まれた時、刺された痛みを思い出したか?」


 テオは思い出した。


(そうか、だからあの時、脇腹の傷は見せても背中は見せなかったんだ)


 テオは決心した様にトラブルの肩をつかんだ。


 硬直させる細い肩を、なかば強引に前に倒して背中を見た。


 他の傷よりも、ひときわ大きくて太い傷跡がハッキリと見て取れた。しかし、それよりも周りの小さくて、たくさんある傷跡の方が痛々しい。


「チェ・ジオンとミン・ジウは串刺しで発見されたんだよ。意味が分かるか? 1本のナイフがチェ・ジオンの背中から心臓を貫き、ミン・ジウの背中を通って肺に達していた」


 パク・ユンホはシャッターを切りながら、テオに想像してみろと恐ろしい事を薄笑いを浮かべて言う。


「チェ・ジオンはミン・ジウをかばいながら息絶えていたそうだ。警官は2人共死んでいると思ったそうだよ。救急隊が搬送の為にナイフを引き抜いた時、ミン・ジウが生きていると気が付いた」


 テオはトラブルを引き寄せた。その目には怒りと悲しみと、そして、生きていてくれた安堵が帯びていた。


「トラブル、君は彼が死んで行くのを感じたかい?」


 パクの質問にトラブルの肩が震え出す。テオはトラブルをギュッと抱き締めた。粉々にならないように祈りながら。


 パク・ユンホのカメラは仕事を続ける。


「なあ、トラブル、この話は君も聞かされたんだろ? テオ、トラブルが遠隔診療を依頼しているイム・ユンジュ医師は知っているかい? 私の主治医でもあるのだが、彼は少々熱血漢と言うか、患者に寄添よりそいすぎる所があってね。トラブル……ミン・ジウが救急搬送された時、彼女の手術をした医師の1人だったのだよ。彼は手術後、形成外科での傷の再縫合を依頼すべきだと主張した。若い女性には、なおさら傷を目立たなくしてやるべきだと。今でこそ当たり前の処置らしいが、当時の派閥だらけの病院内では聞き入れてもらえなかった。そこで、イム・ユンジュ医師は同期の形成外科医に頼み、秘密裏にミン・ジウの傷の再縫合をした。で、医局を追われたんだ」


 パクは、ふいに遠くを見た。


「彼はね、医局を追われる前、こともあろうかミン・ジウ本人に1つ1つの傷の説明をした。それが、ミン・ジウが立ち直るために必要な事と信じてね。この傷と、この傷は同じナイフで付けられたもの。この傷は浅い。この傷は動脈に届きそうだった。この傷は彼と君をつないでいたもの。そして、ミン・ジウが声を失う決定的な事を話してしまった……」


 小声で、独り言の様に言う。


「覚えているかトラブル。忘れる事は出来ないだろう。イム・ユンジュの声、病室の匂い、窓の景色……覚えているかい、トラブル」

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