第375話 おすわり効果


 ゼノは視線で、セスに『どうにかして下さい』と、言う。


「どうにかしろは、クソ女に言えよ。連絡して来なければ、テオがこうなるってのは想定内だろ」

「セス、ごめん」

「テオ、謝るくらいならしっかりして下さい」

「ゼノ、ごめん」

「テオー、代表が付いているから大丈夫って言ったじゃーん」

「うん。ノエル、ごめん」

「僕が頑張ってあげるー!」

「うん。ジョン、よろしく」

「そこはゴメンじゃないんだっ」

「豚、黙ってろ」

「うがー! 豚って言った!」


 ジョンが暴れ出しても、テオはニコリともしなかった。


「テオ、具合が悪いのですか?」

「ううん。ゼノ、ごめんなさい」

「ごめんなさいと言われましてもねー……」

「ねー、テオ、本当になんだか変だよ? 話してみてよ」

「うん。ノエル、ありがとう。あのね、なんて言うか……すごく、悪い事が起こっているんじゃないかって」

「それほど、心配って事?」

「ううん、本当に起こっている感じがするんだ」

「トラブルに? 貧血とか?」

「うん、何か分かんないけど……」

「テオ、そんなに心配ならマネージャーから代表に確認してもらう? トラブルの事」

「うん……ううん……うん。あ、ううん」

「もー、どっちなの?」

「う、う、うううー……」

「ますます、分かんなくなったよー! テオー、しっかりしてよー」


 マネージャーが「メイクの時間ですよ! 早く!」と、呼びに来た。


「はい、行きます」


 ゼノが返事をしてテオを引っ張って行く。


 沈んでいるテオに、メイクさん達も戸惑いを隠せない。


 ソヨンがテオの額を触り「熱があるのかも……」と、体温計を探しに出て行った。


 残されたメイクスタッフ達はソヨンがいない分、急いで5人のメイクをしなくてはならなくなった。


 テオは顔を下げたままトイレに立つ。


「セス、本気でどうにかして下さい」


 ゼノはメイクをされながら、口に出して頼んだ。


「熱が出ていたら、ノエルの痛み止めのを飲ませろ。熱冷ましの効果もあるんだろ?」

「そうですけど……テオが言う『悪い事』とは、何でしょうかね?」

「チョ・ガンジンの件だろうな」

「セスも『悪い事』が起きていると思いますか?」

「いや、でも……」

「でも?」

「……何でもない」

「言って下さいよー!」


 テオがトイレから戻って来た。


 ゼノは口をつぐむ。


 ソヨンが体温計を持ち、急いでテオの体温を測った。


 ピピッ


 37.0℃


「ゼノさん、微熱があります」


 ソヨンはゼノに報告した。


「37℃ですか。テオ、体は辛いですか?」

「ううん。ごめんなさい」

「いえ、謝らなくても良いのですよ。ノエル、薬を下さい」


 ノエルが薬を取りに行く間、ソヨンは手早くテオのメイクを終わらせた。


 ノエルはテオに薬を差し出す。


「テオ、風邪を引いちゃった? だから、悪い事ばかり考えちゃうのかなー。しっかりしなよー」

「ノエル、ごめん」


 テオはノエルから薬を受け取り、手のひらに置いて見た。


 薬は愛する人を連想させる。


(トラブル……トラブル……)


「テオ! 早く飲んで! 時間がないよ!」


 ノエルが珍しく声を荒げた。


 ゼノが慌ててフォローに入る。


「テオ、具合が悪いなら公演を休んでも良いのですよ?」

「ゼノ! ダメだよ!」

「しかし、ノエル。テオがこの調子では……」

「僕のフォローをするってトラブルと約束したんでしょ? 僕も踊れなくて、テオもいないなんて、今日会いに来てくれるファンに申し訳ないよ」

「豚が頑張るってよ」


 セスはジョンを顎で指す。


「また、豚って言った! 頑張るけど! 頑張るけどもー!」


 ジョンがセスを追い掛ける。


 テオは下を向いたまま「ごめん」を繰り返していた。


 ゼノはひざまずいて、テオの顔をのぞき見る。


「テオ、具合が悪いのなら休んでも構いません。でも、テオはファンの声を聞いた方が元気が出ると思いますよ? テオ自身が決めて下さい」


『スタンバイ、お願いしまーす』


 日本人スタッフから声が掛かる。


 テオが決めかねていると、スマホが鳴った。


「ん、あっ、トラブルからだ!」


 トラブルからのラインを読み、テオは割れんばかりの笑顔になった。


「皆んな! これ読んで!」


 5人はテオのスマホに集まり、ノエルが読み上げる。


「えーと、『昨日は立て込んでいて連絡をしなくてごめんなさい。私は元気です。今日も最高にカッコいい姿を見せて下さい。ノエルに迷惑を掛けない様に。ゼノの言う事を聞いて。セスの言う事は聞かないで。ジョン、おすわり!』ジョン、おすわりって何なのー」


 ノエルが髪をかき上げて笑う。


「トラブル、元気だって」

「テオ、良かったね。最高にカッコいい姿、見せられる?」

「うん! でも、セスの言う事は聞くなって、どういう意味だろう」

「セスはいつも、テオが怖がる事を言うからじゃん?」

「そっか。うん、元気出た」

「よし、行こう」

「行こう!」


 ジョンが袖を引く。


「ねぇねぇ、テオ。僕、おすわりって何? 何の事?」

「分かんないよー」


 テオは笑いながらステージに向かう。


「テオ、トラブルに聞いてよー。おすわりってどういう意味?」


 ジョンはテオに、まとわり付きながら廊下を急ぐ。


 ノエルは小声でセスに聞いた。


「トラブルは元気だと思う?」

「わざわざ、書いたって事は元気じゃないな」

「だよねー」


 ゼノは驚いて2人を見る。


「セス、さっき言いかけた『悪い事』とは何ですか?」

「さぁな。少なくとも生きている」

「はぁー……トラブルはセスが、そこまで読むと読んでいたって事ですか?」

「知らん」

「ゼノー、トラブルはテオ以上にセスとつながっているんだよー」

「え! まさか! セス!」

「あ、それは誤解だよー」

「ええ⁈ 意味が分かりませんが⁈」

「バカ。行くぞっ」

「説明して下さいよー」


 先を行くセスの後を、ゼノが慌てて付いて行く。


 ノエルは笑いながら後を追った。

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