第279話 帰り道


「もし、日本から帰りたくないって思ったら……僕は引き止められないよ。トラブルにとって、この国は良い国ではないもんね……」


……私は、テオのいる所に帰ります。以前にも言いましたが仕事をするあなたを見ているのが好きです。


「ありがとう……僕も、トラブルが仕事をしているのを見ると、カッコ良くて『僕の彼女です!』って、自慢したくなるよ。しちゃダメだけど」


日本では、僕の親戚ですと自慢して下さい。


「うん、そうだね。並んで歩いてもいいなんて信じられないよ。手をつなぐのはマズいよね」


 従兄妹いとこ同士は手を繋ぐものなのかトラブルには分からない。さあ? と、首を傾げる。


「……トラブル、きっと日本は良い国だと感じるよ。清潔だし、食べ物は辛くないし」


そうですね。日本食は楽しみです。


「ダテ・ジンさんに案内してもらおうよ。僕、日本は空港とホテルしか知らないから」


はい。そろそろ行かないと、ゼノに叱られますよ。


「うん。本当に大丈夫?」


大丈夫です。


「分かった。じゃ、明日。日本で」


はい、先に日本で待っています。


「うん」


 テオはトラブルの頬にキスをした。 


 ベッドから離れるテオを追い、トラブルは体を起こす。


眩暈めまいはしない? 見送らなくていいよ」


 テオは靴を履きながら、トラブルを気遣う。


 トラブルはテオに続いて階段を降り、玄関の前で、2人は向き合った。


「顔色、キレイだね」


(顔色綺麗?)


 テオ語でも言いたい事は伝わった。トラブルは笑顔でうなずきながら両腕を広げる。


 テオはギュッと抱きしめた。


「明日から、ずっと一緒にホテルなのに何だか寂しいよ……」


 外で、ゼノの車のクラクションが短く鳴る。


「もう、行かないと。キスして」


 トラブルは少し背伸びをして、チュッとキスをした。


「よし、これで頑張れる。トラブルは頑張らないでね」


 テオはトラブルの頭をクシャクシャっとして、元気にドアを開けた。


「テオ、遅いよー!」


 ジョンが叫ぶ。


「ごめんごめん」


 ドアで見送るトラブルに手を振って車に乗り込んだ。


 ゼノがトラブルに頭を下げて、アクセルを踏む。


「いってきまーす!」


 ジョンは、窓から身を乗り出して手を振った。


「ジョン!危ないですよ!」


 ゼノの声と共に車は砂利道を登り、幹線道路に消えて行った。


 トラブルは玄関ドアを閉めて鍵を掛ける。壁に手をつき、階段の手すりをしっかり持って2階に上がる。


 ベッドに入り、もうひと眠りした。






 車の中で「なんで、ジョンが行って来ますなの?」と、ノエルが笑う。


「えー、また来てもいいんでしょ?テオー」

「もちろんだよ」

「ほらー、だから『行って・来ます』 あ、ゲームするの忘れた」


「ジョン、今朝みたいに勝手に1人で買い物に出ては行けませんよ。一言、声を掛けて下さいね」

 

 末っ子は声さえ掛ければ出掛けて良いと取った。


「はーい。日本のコンビニにも行ってみよ。そうだ! ツアー中、世界のコンビニ巡りをしよう!」

「面白そう、僕も一緒にいい?」

「うん。テオとジョンのコンビニの車窓からツアー!」

「ジョン、それイイね〜」


「何なのそれー!」


 ノエルが笑う。


「ツッコミ所が多過ぎて、思考が止まる」


 セスは肩をすくめて、椅子に深く座り目をつぶった。


 ゼノはバックミラーでジョンを見ながら「外国ではマネージャーがいなければ外出しては、いけませんよ」と、くぎを刺す。


「ちぇー、つまんないの。トラブルと走りに行くのはイイ?」

「2人きりはダメです。ホテルの前はマスコミとファンの目がありますからね」

「じゃあ、テオ、一緒に走ろうよ」

「トラブルは、病人だから無理をさせたくないよ」

「え〜ん」

「ダテ・ジンさんと走ったら?」


 ノエルの提案にジョンの目が輝く。


「そうじゃん! ノエル、頭イイー! ゼノー、ダテ・ジンとなら2人でもイイ?」

「ダテ・ジンさんとなら、大丈夫でしょう」

「ヤッター!」

「僕は、ア・ユミさんを誘ってみようかなぁ」


 ノエルは窓を眺めながらつぶやいた。


「ア・ユミさんって走れるの?」

「いや、そういう意味でなく」

「ノエル、ソヨンさんもツアースタッフでいるのですからね。変な人間関係を作って遊ばない様に」

「ゼノ、僕がそんな事をすると思う?」

「思っていませんが、思っています」

「どういう意味?」

「変な人間関係を作るとは思いませんが、人間関係で遊ぶふしはある」

「遊ぶなんて、ひどいなぁ」

「ソヨンに、化粧水に塩酸を混ぜられない様に気を付けろよ」


 セスが薄目を開けて、ノエルに言う。


「セスまで。皆んな、僕の事どう思っているんだよー」

「見た目は天使、頭脳は悪魔、その名も名探偵ノエル!」

「上手い!ジョンに1ポイント!」

「やった〜!」


 セスとジョンのやり取りに、ゼノとテオは大笑いをする。


「もー! 皆んな、ひどいなぁ」


 ノエルは苦笑いをしながら腕を組んで窓の外を見た。後ろに流れる景色のスピードに不安を覚え、ゼノに声を掛ける。


「ゼノ? 随分、飛ばしているけど大丈夫?」

「大丈夫では、ありませんよ。10時にマネージャーが迎えに来ますからね。ギリギリです」

「だから、テオにプップーって鳴らそうって言ったじゃーん」


 ジョンは、なぜか自慢げにゼノに言った。


「え? 僕にって、どういう事?」

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