第280話 マネージャーのサボタージュ


「いえ。テオがなかなか出て来ないので、ジョンがしびれを切らしてクラクションを鳴らそうとしたのですよ」

「ゼノが、もう少し待ってやれって言うからさー」

「いや、ジョン、結局鳴らしたよね。クラクション」


 ノエルが運転席を指差して笑う。


「うん、ゼノよりも僕の方が強かったから!勝った!」

「まったく……テオ、トラブルと話は出来ましたか?」

「うん、大丈夫だよ。トラブルは」

「トラブルは? では、テオは?」


 運転中のゼノは、チラリとサイドミラーを見ながら聞く。


「あー、うん、大丈夫。明日から親戚ごっこに付き合ってね」

「そうでした…… ねっ、と!」


 ゼノはスピードを上げてハンドルを切った。


「うわぁ!ゼノ、危ないよ!」


 3列目のジョンがシートに倒れ込む。


「ジョン、シートベルトしていないのですか⁈ 皆んな、口を閉じていないと舌を噛みますよ!」


 ゼノは、スピードを落とさずに赤信号をすり抜け、10時ちょうどに宿舎の駐車場に到着した。


「さ、降りて。洗濯物を回して、すぐに出ますよ」


 リーダーにかされ、メンバー達は急ぎ足でエレベーターに飛び乗る。


 最上階の部屋には、まだマネージャーは来ていなかった。


「ゼノー、今日は何を持っていけばいいの?」


 ジョンは洗濯物をテオに預けながら、ゼノを呼ぶ。


「練習着と午後から公開ラジオなので、ファンの前に出られる私服で。あ、私服チェックされるそうですよ」

「えー、悩むよー。2、3時間ちょうだい」


 テオが、そう言いながら部屋に引っ込むと、ゼノは「あと、10分で出ますよ!」と、叫んだ。


「テオが10分で服を決められるわけがないじゃん」


 自室でノエルがつぶやくと、案の定、テオが顔を出した。


「ノエルー、助けてー」

「はいはい」


 ノエルは上着を羽織りながら、テオの部屋に行く。


「ノエル、もう着替えたの⁈」

「うん。どれと、どれを迷っているの?」

「うーんと、このあたりと、このあたり」

あたりって!」


 ノエルは、派手な色のシャツを3枚選んだ。


「パンツはー、この2枚のどちらかだね。合わせてみて」

「なんで、このシャツ達なの?」

「時間がないから皆んな、黒っぽい服装になるよ。僕もカーキだし。だから、テオは派手めにしよう」

「分かった。最近、黄色のパンツ履いていないから、下は黄色で、上はー……オレンジだと寝巻きっぽいか。うん、青系チェック! よし! 決まった!」

「爽やかで、いいじゃん」


 ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。


「テオ、マネージャーが来たよ!」

「うん、アクセサリーはー……」

「もう! ほら、全部持って行きなよ」

「あー、そんな乱暴に〜」


 ゼノは「遅れるなんて珍しいですね」と、玄関を開けた。しかし、そこには、いつものマネージャーとは違う、サブマネージャーが立っていた。


「あの、遅めで良いと聞いていたものですから……すみません、遅かったですか?」

「い、いえ……今日は交代ですか?」

「はい、何でも、お腹が痛いとかで昨夜休むと電話がありました。今日1日、私が付きます」

「……はい、よろしくお願いします」


 サブマネージャーの登場に、メンバー達はゼノの顔を見る。ゼノは笑顔を取り繕った。


「さ、さぁ、皆んな、行けますか?」

「ああ。行こう」


 セスの声で、皆、弾かれた様に宿舎を出る。


 車は会社に向かい走り出すが、車内は静まり返っていた。


 テオが視線でノエルに疑問を投げ掛ける。


(なんで、いつものマネージャーじゃないの?)


 ノエルは肩をすくめて答える。


(分かんないよ。ゼノに聞いて)


 テオは小さく首を横に振る。


(聞けないよー。ノエル、聞いて)


 ノエルも眉間にシワを寄せて首を振る。


(僕も無理だよ! そうだ、ジョンなら聞ける。ジョン行け!)


「なあに? ノエル」


 ジョンは普通のトーンで聞き返した。


 ゼノは、はぁーと、ため息をき「気を遣わせてスミマセン」と、謝った。


「マネージャーは、お腹が痛くて休みだそうです」

「ハッ、小学生レベルの言い訳だな」


 セスが皮肉を込めて笑う。


「私のせいですね……」

「ゼノ。前にも、こんな事あっただろ? 気にすんな」

「そうですが……今回は言い過ぎました」

(第2章第265話参照)


「謝るチャンスも与えない奴を気にすんな。……って言っても無理か」

「無理です。あとで、電話してみますよ」


 ゼノは再び、深いため息をいた。


「明日、出発なのに大丈夫なのかなぁ」


 テオのつぶやきをセスは聞き逃さない。


「テオ、あいつは、1日やけ食いをしてストレス発散して戻ってくるさ」

「うん、セス、そうだよね」

「ねぇねぇ、ノエル。僕に何の用だったの?」


 ジョンは、先ほどのノエルの視線について聞く。


「何でもないよ。ていうか、もう、終わったから」

「ふーん。あ、ゼノ、今日のお昼って僕達、会社にいる?」

「お昼ですか? たぶん、ラジオの後、移動して外で食べると思いますが?」

「えー! ケーキ、会社に届けてもらうのにー!」

「ケーキとは?」

「今朝、テオと行ったケーキ屋さんで注文して来たの! 美味しいってテオに聞いたから」

「あー、昼食の後のラジオが公開収録なので、遅れるわけには行きませんからねー……会社には、戻れないでしょうねー」

「うがー!どうしよう!」

「そういう事は、先に確認してからですねー…… ところで、何個頼んだのですか?」

「50個!」

「バカかっ」


 セスの突っ込みは早かった。


「ジョン、残金は残っています?」

「ううん、全部使った」

「でしょうねー……ケーキはスタッフに食べてもらうしかないですね」

「うがー!」


 セスは良いアイデアを思い付いた。


「ジョン、ソヨンにプレゼントしろよ。で、メイクスタッフ達で食べられなかった分は、皆に配っておいてくれと言えば、一石二鳥だろ?」

「セス! 天才! よし、ノエルより1歩リード出来る!」


 ノエルは髪をかき上げる。


「僕と張り合うなんて、100年……いや、1000年早いね」

「見た目は天使。中身は妖怪。変態エロノエル!」

「原型がなくなったな」


 セスの小さな突っ込みは誰の耳にも届かない。


「ジョン! 何なのそれー! 叩くよー!」


 ノエルが右手のギプスを振り上げる。


「ノエル、ダメだよー」


 テオが止めに入り、3人でじゃれ合っている間に会社に到着した。

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